自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-1-02

 会議室へ向かう通路の両側は、クリーム色の壁がえんえんと続いていた。ときおり途切れて、自販機と扉のない開放型の会議コーナーがある。そしてまた壁。人の気配が感じられない。
 ところどころに小さな覗き窓のついた扉があって、その向こうにあるだろう部署の名前のプレートが貼りついている。英文名が多い。よくわからないけれど、リサーチだとかデベロップメントだとかいう単語が並ぶ。いかにも、といった感じだ。営業所とは全然違う。

――や…… やっぱり、研究センターなのよね。
 今更のようにドキドキする。バカみたい。こういうところに来たくって来たくって……、大騒ぎしてやっと辿り着いたというのに。
 落ち着け、わたし。広瀬さんだって言ってくれたじゃない。知識はあとからついてくるって。
――でも、本当に?
 たかだか通路に貼り出されている、部署の案内プレートに、いちいちビビっているわたし。
――えいっ、しっかりしなさいっ!
 両頬をパチンとハタき、喝を入れた。いよいよ始まる、合宿研修。今からこんなんで、どうするのよっ!

 今回の研修の参加者は、皆、職種転換する人だ。技術系のバックグラウンドが無いのは彼らも同じ。わたしだけじゃない。それに、ゆかりも一緒なんだから。
 新人でもない社員を、三ヶ月も現場から離して教育する。それはとても、ありがたいことだ。その分、しっかり成果を返さないといけない。
 
 異動が決まってから、部署内の営業さんには、話をいろいろ聞かせてもらった。彼らが入社時に受けた研修とわたしが研究センターで受ける研修は、ほぼ同じ形式のはずだったからだ。皆、喜んで話してくれた。

「合宿研修はね、数人ずつにクラス分けされて、各クラス毎に同じ職種の二、三年先輩のアドバイザーがつく。営業の研修生には営業の先輩、サービス技術の研修生なら同じサービヒス技術の先輩。永井さんの場合は、研究職かそれに準じる職種の人がつくんじゃないかな」
「アドバイザー?」
「研修中の生活全般の相談にのってくれたり、研修でわからないことがあったら教えてくれたりする人。俺のアドバイザーは、会社生活でのいろんな経験も話してくれたよ」
「アドバイザーといってもいろんな人がいるけど……たいていは面倒見のいい、『デキる』人がつくから、研修の終了後もいろいろと仕事の上で相談できるんだよね」
「アドバイザーの人を中心に、同じクラスとなった奴らとは、その後も何かと会ってるよね」

 一人が話していると、周囲の人も集まってきて、いつも話が盛り上がった。
「社内結婚なんかは、この研修で出会ってゴールインするパターンが多いよな」
「そういえば、○○さんの旦那さんって、研修の時のアドバイザーだったって言ってなかったか」
「そうそう、アドバイザーの○○っ! 俺、あいつのクラスだった。露骨にえこひいきしてんだもんなー」
「同期どうしの結婚も結構あるよね」
「でも、楽しかったよなぁ。みんなでよく、部屋で飲んだし」
 なんだかんだ言って、誰にとっても、合宿研修はいい思い出になっているようだった。そこで出会ったクラスメートやアドバイザーは、長きにわたって大切な人になるらしい。

「永井さん、研修で出会う人はね。 会社生活で必要な人脈のベースラインになりますよ」
「あ、『同じ釜の飯』を食べた仲って感じですね?」
「そうそう、そんな感じです。永井さんも、研修の仲間は、大切にしてください」
 年配の営業さんは、そうアドバイスしてくれた。

 秘書仲間に異動が決まったと話した時は、随分と羨ましがられた。
「研究センターに異動! そっかぁー。その手があったか」
「その手って?」
「ウチの研究センターって、エリートの巣窟ですよね。旦那にするなら最高じゃないですか。旦那はジャルスの研究員です、なんてハクがつきますよねー」
「営業所の軽いオトコ達と違って、研究バカだったら浮気もしないでしょうし」
 勝手にどんどん話が進む。
「出会いはゴロゴロありますよね? 永井先輩、絶対合コン、セットしてください。多少変人でも、顔さえよければかまいませんから」
 かえす言葉もなくて、苦笑い。わたしはオトコと別れて研究センターに行くっていうのに。
 でも、わたしの事情など知るはずもなく邪気もなく、コロコロと笑い、わたしの異動を喜んでくれる彼女達に、文句なんか言えやしない。

 中途入社の人にも聞いた。即戦力の彼らにも、合宿研修は行われる。新卒の人たちより、さすがに期間は短いけれど。それでも一ヶ月くらいは缶詰になる。
 やっぱり研修で知り合った仲間とは、おつきあいが続くと言う。

 職場の中に、強い絆をつくりなさい、それがこの先の会社員生活の宝物になる――
 合宿研修には、そんな意味がこめられている。

 わたしにとって、研修とは、営業所とはまったく違う経験やモノの考え方を持った人たちと出会い、強い絆を結びあう場所。だから、この研修で出会う人たちを、大切にしたい。
 今回、アドバイザーは広瀬さんの研究室の人だとゆかりが言っていた。どんな人だろう。広瀬さんみたいに、サッパリとして、気持ちのいい人だといいんだけれど。
 
 貼り紙のしてある扉をみつけた。「異動研修」と書いてある。プレートには、受付で指示された108会議室と書かれている。ここだ、間違いない。扉のすりガラス越しに、人影が見えた。

――もう、来ているんだ。

 ノブに手をのばした途端、急に緊張感が湧いてきた。
 いよいよ、顔合わせ。いったいどんな人達だろう。何人いる? 男性は? 女性は?
 研修の後にも続くつきあいになるハズの……わたしの大切な「仲間」達。

――うまくやっていけますようにっ!

 ごくりと小さく喉が鳴る。祈る気持ちで扉を開けた。

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