自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-1-03

 会議室の窓辺にいたのは、男女の二人。扉に背を向け、すでに親しそうに話している。
 ゆるいウェーブヘアをひとつにまとめ、パンツスーツできめている背の高い女性の方へ、声をかけた。
「……お久しぶり」
 窺うように声をかけると、彼女はくるりと振り返り、わたしを見るなり満面に笑みをのせた。

「希(のぞみ)っ! よく来たっ。待ってたわよ」
 ゆかりだった。
「来たわよっ。とうとう!」
 駆け寄って、思わず彼女の肩に抱きついた。この会社でわたしが「地」を出せる、数少ない人間の一人が、ゆかりだった。
 わたしにのしかかられて、ゆかりがバランスを崩してよろけた。
「わっ…… たっ! 希(のぞみ)っ! こらっ」
「ゆかりっ! 夢じゃないのね」
「そうよ。わたしたち、やったのよ」
 彼女から離れると、親指を立て、グッと突き出す。ゆかりも合わせて親指を立てる。指を立てた拳がふたつ、コツンとぶつかり、健闘を讃え合う。

「ちょっと、ちょっと。おネエさんたち」
 我にかえると、さっきまでゆかりと話していた男性が、微笑ましいものを見るような顔で立っていた。
 小柄だけれどガッシリとして、柔道でもしていたと言われれば、納得できる身体つき。日に焼けた顔に太い眉、腰のポケットに競馬新聞らしきものを丸めて、ねじ込んでいる。アドバイザーには見えないけれど、研修生にも見えない。どう見ても四十代だ。
 彼も研修生? と目でゆかりに聞いた。ゆかりがうなずく。
「渡邊尚志。こう見えても、君たちと同じ研修生よ。よろしく」
 スッと直線的に差し出された手は、短い指がゴツゴツとして逞しい。はじめまして、と名乗り、握手を返した。
「君達、知り合いなんだ?」
 渡邊さんは、ゆかりとわたしを交互に見る。わたしから答えた。
「わたしたち、同期の秘書なんです。しかも二人とも、ずっと技術系に移りたいって思っていて、互いに励ましあっていた仲なんです」
 へぇ、と渡邊さんがうなずく。
「二人とも希望の部署に異動になって、おまけに同時。もう、びっくりですよね。直前に電話でお互いに知って……。今日は、会えるのを楽しみにしていたんです」ゆかりが補足した。
「奇遇だねぇ。でも、そうか。君達は夢を叶えたってわけだ。おめでとう」
――夢を叶えた……。
 あらためて心の中でそう唱えると、じんわりと嬉しい気持ちがこみあげてきた。
 あぁ……もう。今なら、何だって頑張れるような気がする!

 ゆかりが腕時計型の携帯端末、リストホンを傾けて呟いた。
「他に来ませんね。そろそろ指定の十四時ですよ」
「わたしたちだけなのかしらね」わたしも応える。
「まぁ、職種転換をともなうクラスだから、あまり多くはないだろうね」
 渡邊さんが、出入り口の扉をみつめて相槌をうった。
 このクラスは、職種転換による異動者向けだ。そう多くは、いないのかもしれない。わたしも、入り口の扉を見る。
 途端、扉が開いた。そこに立っていた人の際立つ容姿に、わたしたちの会話は止まった。

 まず最初に目を惹いたのは、薄い紅茶のような褐色の肌。彫りの深い顔、切れ長の目。鼻筋がとおっていて、アフリカ系というより東南アジア系のような面立ちだった。外国人? 混血? エキゾチックな色気をまとう男性だ。
 渡邊さんも、わたしと同じく、彼に釘付けになっている。
 背が高い。わたしなんか、隣に行ったら腋の下にすっぽり入ってしまいそうだ。百八十センチはあるかもしれない。

「失礼いたします」
 彼は流暢な日本語で挨拶をして、折り目正しく腰を折ると、ゆったりと部屋に入ってきた。その一挙一投足が、まるでひとさしの舞いのように優雅だ。上質のスーツをきっちりと着て、小脇にいくつかファイルを携えている。
 この人がアドバイザー? 呆けていると、どうぞ、ご着席くださいと促され、バタバタと慌てて席についた。

――まるでモデルか俳優みたい。
 サラリーマンには全然見えない。いくつだろう。三十にはなっていない。多分年下……。
 驚きの余波が去ると、つい、見てしまう。指先の動きまで上品で、男性と言うより女性の仕草だ。

 きれいなオトコを見るのは、嫌いじゃない。見ていたせいか、目があった。
 視線が重なる。瞳……大きい。
 射すくめるようにみつめ返され、息が止まった。
 その間、何秒だっただろう? 長く感じた。
 何の表情もなく、キレイなオトコはようやく視線をはずすと、手にしていたファイルを教卓に置き、正面に向き直った。

「はじめまして。わたくしは広瀬研究室、通称、広研(こうけん)のスタッフで、須藤環(たまき)と申します。技術職への異動研修を受けられる皆さんの、お世話係とでも申しましょうか。アドバイザーを担当させていただきます。よろしくお願いいたします」

 さすがに、わたし達みたいな中途異動だと、アドバイザーが年上とは限らないのか。
 隣に座るゆかりを見た。口元が、訳け知り風に微笑んでいて、あれ、と思った。

 アドバイザーは、卓上でファイルホルダーをゆっくり開き、書類を取り出した。
「この研究センターに須藤姓は二名おりますので、よろしければ環(たまき)と、名前でお呼びください。それでは、資料をお配りします」
 また視線があった。でも、彼はニコリともせず、かといって問い返すでもなく、まったく表情を動かさない。淡々と見つめ返す。唐突に、背筋が冷えた。理由は、自分でもわからない。

 彼の手が、数枚つづりの資料をわたしたちに配布する。褐色の手の、指が長い。思わずまた、彼の顔を見上げてしまう。やっぱり彼も見つめてくる。しばらく重なり合っていた視線は、今度もまた彼の方からはずしてくれた。
 わたし、何をやっているんだろう。これじゃ、彼にガンをとばしているみたいじゃない。
 教卓へ戻っていく背中を目が追いかける。くるりと彼が振り返る。
 まずい。目をそらそうとして、できなかった。振り向いた顔に、思わず硬直したからだ。

――この人、表情がない。
 背筋が冷えた理由は、これだった。

 彼からのレクチャーが続く。カフェテリアの使い方だの、研究室の場所はどこだの。研修生一人ひとりの顔を見ながら。でも、その顔は虚ろで……。
 なんだか、そう――人形みたい。
 褐色の、とってもキレイなアジアンドール。

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