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コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-1-08

 次の恋……か。ううん、恋愛は、もういらない。
 結婚なんて、まるで眼中になかったような、あの克也が、プロポーズの言葉を口にした。あんなこと、言わない人だと思っていたのに。
 恋愛の行き着く先が結婚ならば……わたしには、恋愛なんてもう出来ない。してはいけない。

「希(のぞみ)?」
 様子を窺うような声音だった。
「えっ。何?」
 視線をあげると、ゆかりの困惑した顔が覗いている。
「ごめん、自分だけ浮かれて」
「ううん、わたしこそごめん。長年の友人のシアワセの報告が嬉しくて、ついボーッとしちゃったみたい。心配しないで」
 とりとめのないことを考えていたせいで、うつむいていた自分に気づいた。

――ごめん。気を遣わせちゃったね。
 気持ちを奮い立て、おどけたようにシナを作った。
「心配しないで。わたしだって、こんなにいい女なんだもの。きっとまた、いいオトコ、つかまえてみせるから」
「ヨリを戻す……っていうのはないの?」
 一瞬、息が詰まった。でも、笑顔を作った。
「無理。相手は女なしでは一週間もたないオトコだから。今頃もう、別の女性のもとにいるわよ」
 ヨリを戻すということは、プロポーズを受け入れるということだ。それは、できない。

 時計を見ると、すでに五分前になっていた。歓迎会の会場は、このカフェテリアの一角になる。黒いエプロンを締めた人たちが、料理の大皿や飲み物を並べだしているのが見える。
「行こっか」
 会話をきりあげ、席を立った。背後から勢いよく足音が近づいてきて、いきなりポンっと肩をたたかれた。

「お嬢様たち、お待たせしました。さぁ、お手をどうぞ」
 振り返ったわたしの目に、満面の笑みの男性……渡邊さんが映った。
「わっ、驚いた。渡邊さん」
「そうです、渡邊尚志です。お嬢様方のために、今、ナイトとして馳せ参じました。ハイ」
 渡邊さんは、ゆかりとわたしたのあいだに割り込んで、ニヤっと笑うと大仰に両肘を突き出してきた。腕を組めということらしい。
「ヤッダぁ~。色男っ!」ゆかりが渡邊さんを小突いた。
「はい、ゆかりちゃん。どうぞ」肘が、ゆかりの腕を催促している。
「希(のぞみ)ちゃんも、ほらほら。遠慮しないで」わたしの側に出された肘も、催促している。笑ってしまった。

 おじさんのくせに……と言ったら失礼だけれど。邪気のない顔、気さくな態度。ひょうきんタイプだ。こういう人は、案外モテる。男にも、女にも。見ているだけで、楽しくなる。
「じゃ、わたしたち、美女が腕を組んであげましょう」
 ゆかりとわたしは勿体つけて、渡邊さんの両側から腕をとおし、レディーのようにニッコリと微笑んでみせた。
 ゆかりったら、女子高生のようにはしゃいでいる。
――彼氏に見せてやりたいよ、このお調子者め。
 わたしがギロリと睨んだのに気がついて、ゆかりは唇に、人差し指を立てて笑った。

「おぉ、俺は今、二枚目ヒーローだ!」渡邊さんが、胸を張る。
「いいんですか? 異動早々こんなことしちゃって。先輩諸氏に目をつけられてイジメられちゃうかもですよ」
「気にしない、気にしな~い。俺、魅力的なお嬢様方にかしずくためなら、どんなことにも耐えられる男だから」
 うわ。これは、すごいドンファンかも。ゆかりがキャーっと嬌声をあげた。

 歩いていると後ろから、足早に抜いていく影があった。
 後ろ姿でもスグわかった。あの細身の長身は、能面の貴公子などと、くだらないあだ名をもつ無愛想君だ。ちらりとわたしたちの姿を見て、厨房カウンターの方へ行ってしまった。すれ違いざまに見えた顔は、やっぱり表情なんか無い。

「ん……、どうした、希(のぞみ)ちゃ……っ、イテっ」
 いきなり渡邊さんは、わたしの側の右腕を解き、自分の頭を手で庇った。見ると、渡邊さんの頭上にゲンコツをメリこませている女性がいる。
「こら、尚志! 何をやってる」
 さらに、グリグリしているし。
「イテっ。イテテ。やめて」
 渡邊さんより背の高い、大柄なこの女性。
「わあっ、広瀬さん!」
 わたしとゆかりは歓声をあげた。

「あはは、来たね。あなたたち。待ってたわよぉ」
 広瀬さんは、渡邊さんからゲンコツを離すと豪快に笑った。今日も変わらず、黒い豊かな髪をアップにして、真っ赤なルージュ。赤って、広瀬さんのイメージにピッタリだ。
「順子ぉ~。いてぇよ」
「順子じゃないっ! 職場では広瀬さんと呼べって言っておいたでしょうがっ!」
「ごめんごめん、順子、会いたかったよ~。愛してる。もう浮気なんかしないから赦して!」
「もう一発、お見舞いしようか?」
「愛のムチはいいけど、これ以上はふたりだけの時にしてくれよ」
 当然のように、もう一発が渡邊さんの頭上で炸裂した。

「ごめんなさいね~。こんな『美女と野獣』の野獣みたいなヤツを同じクラスにしちゃって。でも、こいつだけ隔離して別のクラスってわけにもいかなくて」
 呆気にとられ、ゆかりもわたしも、言葉が出ない。
「ま~ったく、いい年齢(とし)してお調子もので。ウルサくまとわりつくようだったら、言いつけてちょうだい。叱るから」
 そう言って笑いながら、広瀬さんは渡邊さんの耳をひっぱった。
「広瀬さんと渡邊さんって、お知り合いだったんですか」
 あまりの展開に、ようやく口を開いたゆかりが尋ねた。

「そう、こいつはね、わたしの義理の弟……になりそこなったヤツなのよ。亡くなった、わたしの婚約者の弟。まいっちゃうわよねー。子会社にいたのに、それが異動希望出したって聞いて、何とウチの研究センターに来るんだもの。驚いたわ」
 えぇっ! と思わず渡邊さんを見る。彼は、イタズラがバレた子供のように、ニヤニヤしている。広瀬さんは、渡邊さんをひと睨みしてから続けた。
「人間的にはいいやつなんだけどね。迷惑かけてない?」
「全然!」
 ゆかりもわたしも、即答した。

「今回の異動ってわたしたちだけなんですか?」あらためて、聞いてみた。
「そう、あなたたち三人だけ。今回、センターに新たな視点を取り入れましょう、というプログラムが立ちあがって、職種にこだわらず、広く希望者を募ることにしたの。でも、どうしてもある程度の技術的知識は身につけてもらう必要があるから、育成を考えるとあまり人数は採れなくて。だから、あなたたちだけになった」
 新たな視点を取り入れるためのプログラム――そうか。執念だけで採用されたわけじゃないんだ。ただ、タイミングがよかっただけ。
 広瀬さんが、わたしに並んだ。目立たぬほどに、そっと肩をたたかれた。
「希望者は多かったのよ。その中で、あなたたち三人だけが選ばれた。自信をもってちょうだいね」
 しょげたのが、彼女に伝わったのかもしれない。
「ありがとうございます」
 暖かいフォローだった。この人の下でなら、きっと気持ちよく働ける。そう確信した。

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