自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-01

 翌日から、いよいよ本格的な研修に入った。場所は、初日に集合した一号館の会議室。すでに来ていた渡邊さんとゆかりに挨拶をして、着席する。定時ピッタリに、アドバイザー、須藤君が入ってきた。
「おっ、環(たまき)君、元気になったか?」
「はい。ご心配をおかけしました」
 今朝も相変わらずの能面なのに、昨日よりぐっと親しみを覚える。わたし、ゲンキン。
「これに懲りずに、また飲みましょうね」
「佐々木さん、ありがとうございます」
 渡邊さんとゆかりに、それぞれ返事をしながら教卓につくと、須藤君はこちらを向いた。慌てて小さく会釈する。何だか妙に、照れくさかった。

 朝は、十分ほどのミーティングで始まる。学校でいうところの、朝礼のようなものだ。アドバイザーから、事務的な連絡事項が伝えられる。終わると、出て行くのかと思ったのに、彼は、わたしの方へやってきた。
「風邪はひかなかったみたいですね。よかったです」
 人形のような顔が、わたしの顔をのぞき込む。
「う……うん、平気。ありがとね」
 彼は、うなずくと教室を出て行った。

「ちょっとぉ、何?」隣の席のゆかりが、目をらんらんとさせて身を乗り出してきた。
「希(のぞみ)、風邪をひくかもしれないような、何をやっていたわけ?」
 隠しても、どうせバレるし。昨晩、彼と夜桜を見に行ったことを話した。
「驚いた。解散したあと、あなたたち、そんなことしてたんだ」
「うん、まぁ……」
「環(たまき)君、昨日は体調悪かったんだよね。夜中にひっぱりまわして、よかったの?」
「悪いかな、とは思ったんだけど、つい……桜を見たい、なんて口が滑っちゃって。そうしたら、いい場所があるって案内してくれたの。わたし、彼の具合が悪くなったとき、介抱したでしょ。そのお礼のつもりだったみたい」
 あっきれた! とばかりに、ゆかりが肩をすくめた。
「あなたがそんなこと言ったら、環(たまき)君、断れるわけないじゃないの。言葉には、気をつけようね」
「……はい。ごもっともです」
 すべて、ゆかりの言うとおりで、反論できない。

「で、どうだったのぉ?」
「は?」
 ゆかりが、いきなり諌(いさ)める顔から興味津々の顔に変わった。
「やるねぇ」
「何がよ」
「深夜に年頃の男女がふたり、花見に出たんでしょ。何もなかったとは言わせないわよぉ」
「じっ……冗談じゃない。何んにも、ありませんでしたっ!」
 一瞬、桜の下でうっすら微笑んでいた顔がよぎったけれど、あれはスルーだ。
「あら、もったいない。あなた今フリーなんだし。環(たまき)君も昨日、カノジョはいないって言ってたわよね。せっかくの出会いだもの。積極的にいかなくっちゃ」
「ゆかりっ! もう、カンベンして。変なこと言うと、須藤君にも悪いでしょ」
「環(たまき)がどうしたって?」
 頭上からいきなり、女性の声か降ってきた。見上げると、広瀬さんが立っていた。

「はい、始めるわよ」
 パンパンっと彼女が手を叩く。わたし達は、ノートと電子パッドを出して姿勢を正した。
「では、一時限目『研究センターの概要と沿革』は、わたくしから説明いたします」
「え? 広瀬さんがですか?」つい口にしていた。
 中途採用や異動者向けの研修は、現場の先輩社員が中心になって進めるとは聞いたことがあるけれど、管理職がじきじきに来るなんて。こんなのアリ?
 わたしの戸惑いを察したのか、広瀬さんは「本当は別の人間が担当だったんだけど、今日の一限だけ、代わってもらったのよ。あなたたちの様子が見たかったから」とイタズラっぽい笑みを浮かべた。
 エアスクリーンが起動され、映像が見やすいように、広瀬さんが周囲の照明をおとした。スクリーン上に、パッと三つの研究センターの全景写真が映し出された。

「知ってのとおり、ジャルスの研究所は海外を含めて三ヶ所あります。まず、インドのM市。ジャルスは、インドの工科大学に留学していた三名の日本人から始まっているため、その名残りですね。規模は小さいですが、今でも基礎研究分野を担っています。また、アジア地域の営業拠点も兼ねています。次に」
 広瀬さんがレーザーポインターで、スクリーン上の写真を指すと、その写真がクローズップされる。
「国内、S県S市。ここは主に産業ロボットの開発を担っています。製造工場も隣接し、ロボットメーカーとしては国内屈指の規模を誇るセンターでしたが」
 ポインターが三枚目の写真を指す。昨日バスから俯瞰した、広大な研究センターの姿そのままの写真が、クローズアップされた。
「S市研究センターが手狭になったことから、このM市に研究センターが設立されました。七年前ですね。主にサービスロボットの研究・開発を行っています」
 七年前。そう、ジャルスがM市に進出したのは、わたしが入社した直後だった。就職活動をしていたときは、研究センターはS市にしかなかったから、入社できたらゆくゆくは、S市のセンターに行きたいと思っていた。まさか、忌まわしい故郷のM市に来るとは思わなかった。でも、たとえ入社前にM市への進出を知っていたとしても――多分わたしはジャルスに来た。
 広瀬さんが、ポインターを手元におろした。

「ところで、産業ロボットとサービスロボットが何かは、わかっているわね」
 あまりにも基礎的な質問だ。広瀬さんの視線は、ピンポイントで渡邊さんを指している。
「あー、それは、わかる。産業ロボットっていうのは、あれだろ。工場でガチャンガチャンってライン生産したりする、マジックハンドみたいなヤツだ。サービスロボットっていうのは、人間の形して、人間に愛想ふりまくロボット」
 隣のゆかりと顔を見合わせ、忍び笑いを指先で隠した。渡邊さん、まるっきり間違ってるわけではないけれど、まるで小学生の回答だ。さすがの広瀬さんも、眉が寄った。
「あなたねぇ。よく、そんなんでウチの会社に入れたものだわ」
「いやぁ、俺、優秀だからさ」
 こらえきれず、噴き出しそうになった。
「じゃ、永井さん」
「はいっ」慌てて笑いをかみ殺して、立ち上がった。
「産業ロボットは、いろんな産業分野での処理に携わるロボットで、インテリジェントな装置とも呼べるものです。製造にかかわるものだけではなく、たとえばプラントの保守・清掃などをおこなうロボットもあります」
 あ、そうか、お掃除ロボット! と渡邊さんが手を打つ。うなずいてから、説明を続けた。
「これに対してサービスロボットは、人間にサービスを直接提供するロボット全般をさします。身近なところでは、ホビーロボット、アテンドロボットなどがあります。ただし、必ずしも人型というわけではありません」
「ありがとう。いい説明でした」
 満足げにうなずく広瀬さんの様子に、胸を撫でおろして着席した。

「わたしから、少し補足します。今やロボットは進出分野も多岐にわたるから、本当はもう、産業ロボットとサービスロボットという括りだけではおさまらなくなっているのね。たとえば医療向けロボットやレスキューロボットなどもあるでしょ。で、ジャルスでは、産業用途はS市センター、サービス用途はM市センター、と大体の用途で担当を決めています。それでは、ウチが作っているものを、いくつか見てみましょうか。たとえば」
 スクリーンの画面が替わり、工場設備の配置図面が現れた。建物の各所に、いろんなタイプの制御系装置や保守系装置、製造装置が置かれ、中央管制室で制御されている様子が描かれている。
「これは昨年、T自動車に納めたものです。産業ロボットというより、知能をもった巨大な生産システム一式といった感じでしょ。製造ラインは言うに及ばず、構内の物流、電力管理までを含めたトータルソリューションになっています」

「なんだかロボットっていうイメージじゃないわね」
 ゆかりが小声で呟いた。
 ふふ、そうね、と広瀬さんが笑った。
「ロボットという定義も難しくなってきたわ。極端な話、外部から情報を取り込むセンサーと、処理ロジック、そして動くボディーがあればロボット。だからジャルスが扱う製品分野は年々拡大してきました」
 また画面が切り替わる。

「このセンターで開発した稼ぎ頭のひとつが、コレです」
 今度は動画だ。画面の真ん中、白髪の上品な老紳士が、ソファにゆったり座っている。彼が「移乗」と声で指示すると、画面の右側から、無人の小型車椅子が自走してきて、彼の前に停止した。椅子の座面が浮き上がり、紳士の方へせりだす。車椅子のボディー部から伸びたアームに紳士がつかまって立つと、座面が腰の部分に滑り込む。腰をおろした紳士を載せたまま、座面はボディーに戻っていく。移乗が完了した。
 ホームパル。個人消費者向け、インテリジェント車椅子。確かにコレも、ロボットと言えるのかもしれない。

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