自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-02

「一見、ただの室内用バイクか電動車椅子に見えますが、高度なセンサーが組み込まれていて、周囲の環境を認識し、壁や家具などにぶつからず使用者の元にたどりつきます。また、家の間取り図をあらかじめ読み込ませておくと、お手洗いって、ひと言言えばお手洗いに行くし、リビングって言えばリビングに行きます。それから、このアームは利用者の手の代わりにもなるのね。会話指示で、棚から荷物の出し入れをしたり、着替えを手伝ってくれたり。日常のちょっとしたことがお手伝いできるようになっています」
「へぇ~。確かにそう聞くと電動車椅子ではなく、乗れる『手足ロボット』って感じがするな」
 広瀬さんの説明に、渡邊さんは素直に感心している。

「着る、パワーアシストスーツもありますよね」と、ゆかりも口を挟む。
「そうですね。身体能力補完系の製品は、どれも需要が伸びています。今ではズボンをはくように、気軽にはけるアシストスーツも普及してるから、見たことくらいあるでしょう」
「ああ、確かにアシストスーツは俺も知ってたけど。へぇー、あれもロボットなんだ」
「ロボットか、と問われると微妙なところもあるけど、間違いなく関連技術ね。ジャルスでも、スポーツ用品メーカーと共同開発した製品があります」

 ロボット技術の応用範囲は広い。これはロボットだろうか? と思われるものにも、ロボット技術が入り込んでいる。それは、わかっている。
 でも、ロボットと言われて、わたしの頭に最初に浮かぶのは、やっぱりあの、正義の味方の少年ロボットだ。名前はもう、覚えていない。顔ももう、輪郭はぼやけている。それでも、彼の声と存在感は、今でもわたしの中に残っている。できるなら、人とコミュニケーションをとる、彼のようなロボットを担当する業務につきたい。

「ところでさ。人間型のロボットはない? 可愛いおネェちゃんタイプ。俺さぁ、ここ来たら、受付にいたおネェちゃんロボットみたいなの、うじゃうじゃいるかなーって期待してたんだけど」
 おネェちゃんロボット――サラのことだ。広瀬さんが苦笑した。
「うじゃうじゃ……は、いないわね。あーいう人間に似せたロボットって、あまり売れるものじゃないのよ。客寄せパンダとしてイベントに貸し出されるくらい。社内でも、ここの受付とデモセンターに一体ずつあるだけじゃないかしら。でも、機能はほとんどそのままに別デザインで製品化しています。これは、見たことがあるんじゃない?」

 エアスクリーンに映し出されたのは、ジャルス製品としてわりと知られたアテンドロボット「アルト」だった。背の高さは、十歳くらいの男の子をモデルにしたと言われている。ずん胴のボディ、太くて大きな手足、短い指。フルフェイスのヘルメットを被ったような頭部に目鼻はない。けれど愛嬌のある仕草と会話能力、周囲の環境認知能力をいかして、病院や公共施設、イベント会場などでのアテンド用途に使われている。これが、中身はサラとほぼ同じだなんて、信じられない。

「可愛い女の子っていう線も捨てがたいけどな。受付のおネェちゃんはダメなんだ」
「あれは、物珍しさで目をひくために置かれているだけ。人間に似ているほうが親しみが湧くっていうのは、かなり古い考え方なのね。利用者に安心感や親しみをもたせるには、ロボットはロボットらしい姿がいいとされています」
 納得のいかない顔をしている渡邊さんを、ゆかりがつついた。
「たとえば、人間そっくりの蝋人形、ありますよね」
「ああ」
「あんな感じでそっくりに作られたグラマラスな女性、ベッドの中に入れることってできます?」
 渡邊さんは、ビミョーな顔になった。
「パスだな」
「グラマラスな女性、パスですか?」
「バス。死体と寝ているみたいで落ち着かない」
「そうですよね。人間型って、似せすぎちゃうと怖いんです。だから需要がない。いかに可愛らしくデフォルメして作るかが肝なんです。受付の子くらい似せちゃうと、可愛いって思う人より、そばに来られたらぎょっとするって人の方が多いと思います」
 ああ、そうか。ゆかりは製品の工業デザインをやりたいって言っていたから。こういう話には強いんだ。
 広瀬さんが、二人を微笑ましく見てから口を開いた。

「他にもいろいろなロボットがあります。敷地内にはデモセンターがあって、一般公開もされているから、まだ行ったことがないようなら、一度行ってみてください。特に、渡邊君、あなたは必修。必ず行きなさいね。今のままじゃジャルス社員として失格」
「へーい」
 渡邊さん、広瀬さんの前じゃ、かたなしだ。
「あと、これは全員に対してですが」
 広瀬さんの表情が、キリリと締まった。
「ジャルスはメーカー、つまりモノ作りをする会社です。わたし達が社会に送り出していくモノは、人の暮らしを便利に、豊かにするための道具。ロボットも、つきつめてみれば道具です。モノ作りにたずさわる者としての、誇りをもって取り組んでください」

――自分の仕事に誇りを持て。
 わたしたちが作るのは、人の生活を便利に、そして豊かにするための道具。

 わたし、会社を理解していなかった。ジャルスに来て、今始めて「メーカー」社員だということを意識した。

「では、研究センターの概要と沿革はここまで。最後に、このセンターでの仕事の進め方として『プロジェクト』というものを説明しておきます」
 エアスクリーンに、組織図らしいものが浮かび上がった。
「これは、わたしが今、参画しているプロジェクトの体制図です。見てわかるとおり、複数の部署の人が入っています。プロジェクトのメンバーは、プロジェクトマネージャーが必要な人材を都度、集めてきます。人脈やツテもあるし、研究室にこういう人が欲しいって依頼があったり。あと、社内公募もあるわね。だから皆さんも、興味のあるプロジェクトをみつけたら、どんどんアピールして積極的に参加してください。もちろん所属長の承認をとったうえで。座って仕事を待っているようではダメ。キャリアは自分で作る気概をもってください」
 自分でアピールして仕事を獲りに行く。すごい。秘書時代には、考えられなかった働き方だ。

「で、順子が今やってるプロジェクトってどんなの? 聞きたいな」
 背もたれに寄っかかっていた渡邊さんが、身体を前にせりだした。
「じゃ、簡単にね」
 そう言うと、広瀬さんは教壇から下りた。手近な椅子をひとつ掴み、わたし達に向き合うように置いて座る。車座みたいな形になった。

「コンパニオンアニマルって言葉は、知っているかしら。ただのペットではない、家族の一員。飼い主と心を通わせるパートナーとなる動物をさすでしょう。それのロボット版を作ろうとしています。わたし達は、それをコンパニオンドールって呼んでいます。ジャルスの社内造語だけどね」
 家族の一員――コンパニオンドール。
 正義の味方くんが、頭をよぎった。
「それって……ホビーロボットですか?」
 広瀬さんは、首を振った。 「玩具じゃない。もっと実用的なものを目指しています。まず第一弾として、須藤専務の旗振りで『アイドッグ』というプロジェクトが動いています」
 須藤専務という言葉に、渡邊さんの顔つきが変わった。

「アイドッグ、犬か」
「そう。アイドッグはね、人間の目になる犬。盲導犬ロボット。これまで需要に対してどうしても供給が追いつかなかった盲導犬を、工業製品化して、量産を容易にしようっていうプロジェクト」
「量産っていっても、盲導犬じゃそうそう、たくさんの需要はないよな?」
「そうね。でも現在の需要を満たすことで社会に貢献できるし、ジャルスの環境認知技術を強力にアピールできるわ。考えてもみて。目の見えない人に代わって足元の路面状況を正確に把握し、周囲を行きかいする人や車を認識する。存在だけではなく移動の方向やスピードも検出して、ぶつからないように飼い主を適切に誘導する。ちょっとでもミスがあったら、即、飼い主の命にかかわる。すごい技術なのよ。企業イメージアップ効果を考えたら、十分にペイするでしょうね」

「……兄貴も、似たような仕事、してたのかな」
「アイドッグが第一弾ってことは、第二弾、第三弾もあるってことですか?」
 渡邊さんの問いかけと、ゆかりの質問が重なった。一瞬、広瀬さんの目に影がさしたように見えた。

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