自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-03

「プロジェクトの第二弾も、もう動いてるわよ」
 広瀬さんが答えたのはゆかりの質問で、渡邊さんの質問が宙に浮いた。ゆかりが、屈託なく質問を重ねる。
「何ですか? 盲導犬の次だとすると、介助犬とか」
「ハズレ。第二弾はヒューマノイド。今のアルトに、もう少し高度な人工知能(AI)を載せて、人間対応能力を強化しようってね。わたしも、今はこの仕事に関わってる」
「そのコンパニオンドールとかいう研究、何年くらい前からやってんの?」
 渡邊さんの質問に、今度は広瀬さんも答えた。
「前身となるプロジェクトも入れたら、このセンターが出来たときからだから、かれこれ七年にはなるわね」
「それ、兄貴も関わってたよね?」
「……どうして、そう思うの」
 広瀬さんの表情が曇った。

「兄貴は事故当時、専務のプロジェクトに参加していた。コンパニオンドールってのは、専務のプロジェクトなんだろ。そいつが当時も走っていたなら、兄貴がいたプロジェクトは、それってことになる」
 広瀬さんの唇が、形になろうとして微妙に歪んだ。

 渡邊さんは、お兄さん――堤さんの足跡を辿りたい。だから、お兄さんの同僚を訪ね歩いた。でも、社外の人間だった渡邊さんに、話してくれる人はいなかった。業務内容は、社外秘だからだ。
 仕方なく、コネを使って転籍してきた。そしてジャルスの社員になった以上、聞けば話してもらえると思っている。でも――
「ストップ」
 遮ると、渡邊さんが振り向いた。

「専務のプロジェクトについて知りたいのなら、直接専務に尋ねたらどうですか」
「いや、それは……」
「ごめんなさい。渡邊さんがお兄さんを思う気持ちはわからないでもないんですけど、今は勤務時間中だし。この場には佐々木さんやわたしもいるから」

「……まぁ、確かにそうだな。すまんっ」
 意外にも、渡邊さんは、あっさり退いた。
 降参、とばかりに両手を挙げた彼の笑顔に、胸を撫で下ろした。

「せっかくなので、聞いてもいいですか」
 ゆかりが、手を挙げた。「リアルヒューマノイドのプロジェクトが走ってるって噂を聞くんですけど」
「あら、耳ざとい。さすが、佐々木さんは元の部署もセンターの中だものね」
 話題が変わった。もう、広瀬さんも普通の顔だ。
「はい。ヒューマノイドは、人間に似せすぎちゃうとマズイはずなのに、会社ではリアルヒューマノイドの開発をしているって噂があって、不思議だったんです。本当ですか」
「本当よ。ただし実験機。今ある技術で、可能な限り人間に近いモノを作ってみて、さらに研究を深める糸口にしようっていうプロジェクトね。こーいう、製品化を前提としない研究プロジェクトって、本来は大学なんかがやるもので、民間はあまり手を出さないんだけど……おカネがかかるばかりだし。でも、ウチにはお好きな人もいるから」
 揶揄するような口振りから、広瀬さんは「こーいう研究」があまりお好きではないのがわかる。ゆかりが、肩をすくめた。

 そうだ、と渡邊さんが手をたたいた。「コンパニオンドールのプロジェクトって、希望すれば俺でも参加できる?」
 この親父、また、話題を戻してるし。わたしの不満顔に気づいたのか、渡邊さんは「いや、この質問はセーフだろ、自分のことだし」と言い訳をする。広瀬さんが、あきれ顔になった。
「何、トンチンカンなこと言ってるの。あなた、監査部に入るんでしょ。プロジェクトの運営を見張る仕事をするはずの人間が、プロジェクトに入ってどーするの」
「あ、そうか」
 やべっ、とばかりに頭を掻く渡邊さんに、つい苦笑がもれた。
「あなたの場合、まずは、きちんと研修を修了することを考えなさい。ここは学校じゃないんだから。いい? 修了試験に落ちたら、誰が何と言おうと子会社に帰ってもらうからね」
「残念でした。転籍しちゃったもーん。もう、戻れないよ」
「じゃ、所属長権限でクビ!」
「うわ。それはカンベン~」
 聞いていると、大丈夫なのか、と言いたくなる。どのくらい強いコネを使ったのかは知らないけれど、こんなんで仕事になるんだろうか。この人は、きっと監査の仕事なんか、ほとんど知らない。
 
 二時限目は、三十代とおぼしき男性が来た。ポロシャツにチノパン、ラフなスタイルが、いかにも研究センターの人だ。髪に寝癖までついている。教卓につくと、自己紹介も早々に、自分の電子パッドをいじりだし、フムフムと一人でうなずいている。やがて顔をあげた途端
「あっ、そうか。今日は『コンピュータの基礎』だ」と寝ぼけたセリフを吐いた。
 どうやら、ここに来てから、カリキュラムを確認していたらしい。研修、舐めてませんか? しかも、続いて出た言葉に、耳を疑った。

「君達、元の職種が技術系ではないとは聞いてるけど、異動試験を受かってきてんだよね。なら、あんまり基礎的なことはいらないでしょ。どんどん飛ばして、重要なところだけに絞っていこう。各セクション毎に終了確認テストがあるみたいだから、まずは、これからやろう。そんで、テストでわからなかったとこだけ、説明するよ」
「えーっ、いきなりテストですかぁ?」――授業はなしか?
 わたし達三人のブーイングをどこ吹く風で、寝癖のインストラクターは、研修生側の席に据え付けられた端末画面に、テスト問題を表示させた。

「じゃ、今から一時間。わかんなかったら隣同士で相談しあうのもOK。早く終わったら自由に休憩に入っていいよ。十一時半には席に戻ってきて。答え合わせと解説やるから」
 言うなり、このインストラクター、自分の電子パッドを教卓のスタンドにたてかけ、教卓の下からキーボードを取り出すと、一心に何かを打ち込みはじめた。もう、わたし達のことなど見ちゃいない。自分の仕事を始めてしまった。声をかけるのも憚られる、すごい集中力。

 表示された問題を見た。独学していてよかった、と思える内容だった。まるっきりの素人では、多分ひとつも解けないはずだ。何せ、記述式ばっかり並んでいる。
 これ、渡邊さんには無理だ――と様子を窺うと、悩む素振りを見せながらも、手がちゃんと動いている。言うほど不勉強ではないのかもしれない。
 ゆかりは、スラスラ手を動かしている。さすが、理系女(リケジョ)。
「何? 希(のぞみ)、わかんないとこある?」
「ううん。多分ダイジョーブ」

 答え合わせ。ゆかりとわたしは八割、渡邊さんも、何と五割の正答率。コネで入ったとは言っていたけれど、それなりに勉強はしてきたらしい。見直した。
 わたし達の出来が思ったよりはよかったせいか、インストラクターは「よし、今後はこのパターンで進めるから」と満足そうに帰っていった。彼は、今後も仕事持参で来るつもりらしい。
 
 昼休み。三人、カフェテリアで食後のお茶をしながら、ぼやく、ぼやく。
「まいりましたねー」
 つい、大きなため息がでた。
「すげぇな。あれ、完全に自分の仕事優先してるだろ。ジャルスの研修って、ずいぶんだな」
 渡邊さんも、腕組みしながらそっくり返って、愚痴ってる。
「知ってます? 新入社員のクラスには、ちゃんと研修部門の専任インストラクターがつくんです。でも、わたし達みたいに職種転換とか中途の人向けのクラスは、現場の仕事を抱えている社員が兼任なんです。噂じゃ、ジャンケンで負けた人が来るって……まぁ、現場の人の話って実戦的でいいっちゃいいんですけど」
 研究センターに長いゆかりが、アイスコーヒーのストローをクルクルと回しながら解説した。
 そうか、あの寝癖クンは、ジャンケンで負けたのか。
「新入社員にだけ優しく丁寧なんだ。ひっでぇ~」
「ガッコウじゃないですから。会社は甘くないってことですよね」
 広瀬さんを真似て言うと「希(のぞみ)ちゃんも言うなぁ」と、渡邊さんが苦笑した。
 
 午後の最初はマーケティング。さすがに専門分野が違うのか、来たのは研究センター内の人ではなく、営業部門の人だった。スーツをビシッと決めている。研究センターは、ラフな格好の人が多いから、スーツ姿を見ると、ホッとする。
 でも、このインストラクター、どこかで見たような……。

 インストラクターは教卓につくと、いかにも営業系といった明朗な話し方で、自己紹介をした。彼の名前に覚えはない。やっぱり、気のせいに違いない。
「それでは、まず昨今の市場動向について、ご説明いたします」
 プレゼンテーション資料は、営業所の秘書時代に見たことのあるものがほとんどで、どうやら秘書としての経験も、捨てたものではないらしい。授業の最後にある小テストも、楽勝だった。

 講義が終わって休憩時間。
「永井さん、永井さんだよね?」
 わたしのことなど知らないはずのインストラクターが、ぐっとくだけた感じで声をかけてきた。

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