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コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-04

「懐かしいなぁ。聞いてはいたけど、本当に研究センターに来ていたんだ」
「あの、どちらかでお会いしてました?」
「ひどいな。ソフトボール大会で伏木に紹介されたの、覚えてない?」
「あっ!」
 思い出した。毎年、地区の営業所社員と家族が集まるソフトボール大会。秘書は裏方要員として参加必須だったから、わたしも毎年参加していた。克也は自分の友人達に、わたしをこまめに紹介していた。もちろん「世話になっている秘書」としてだ。

「思い出してくれた?」
「すみません。こんなに素敵な方を、すっかり失念してしまって」
 取り繕えず、あきらめて素直に謝った。
「永井さん、口がうまいね。どうせなら、営業になればよかったのに」
「いえ。営業は、わたしの性格では無理です。愛想ないし」
「大丈夫。お客さん、永井さんの魅力にイチコロだって」
 口の上手いところが、何となく克也に似ている。これ、間違いなく「類は友」だ。

「ところで、伏木なんだけど。最近妙におとなしくてさ。こっちの噂もすっかり聞かなくなったし。永井さん、何か聞いてない?」
 そう言って、彼は小指を立てた。
「さあ。ちょっとわからないですね」
「そっかぁ。実はさ、ここだけの話だけど、僕は永井さんと伏木ってお似合いかな~、なんて思ってたんですよ」
「えぇっ?」
 声がハネた。

 この営業マンの所属は、わたしがいた営業所とは違う。克也とわたしの交際なんて、思い描くのは難しいはず。なのに疑われる――克也本人が、それらしいことをしゃべったとしか思えない。
 ありうる。あの人は、プロポーズの返事を聞くより先に、上司に話すような人だ。
 わたしがよっぽど渋い顔になっていたのか、克也と雰囲気の似た営業マンは「そんな顔しなくても」と、クスリと笑った。

「別に、どっかで噂になっていたってわけじやないです。ただ、僕は伏木とのつきあい、長いから。何となくです」
 そう言って、困ったように笑う彼に、悪意は見えない。
「びっくりしました。もし彼と噂になんかなってたら、わたし、今頃あちこちで呪われてますよ~。脅かさないでください」
「それは失礼。まぁ、伏木もああいうやつだから、なかなか口は割らないけどね。最近大人しくなったのは、本命がいて、そろそろ年貢を納めることにしたんじゃないかって見てたんです。でも、永井さんは自分の希望で異動しちゃったっていうから、あれ、見立て違いかな~ってね」
「見立て違いですよ。伏木さんならモテますから、また賑やかな噂が聞こえてくるんじゃないですか」
「そうかぁ、そうかもしれませんね」
 彼と一緒に教室を出た。「また来週」とエレベーターホールに向かうスーツの背中を、廊下で見送る。
 マーケティングの授業は、週に一回。この人とは、毎週一回会うわけだ。克也とよく似た空気をまとう人。
 ゆかりと渡邊さんがいるだろう休憩コーナーには向かわずに、再び教室の自席に戻った。
 
「クロージング、始めます」
 一日の終わりもまた、アドバイザーの出番だ。朝のミーティング同様、連絡事項の伝達があり、提出物がある日は、その回収もおこなうという。
「お疲れ様でした。本格的な研修、初日のご感想はいかがですか?」
 アドバイザーらしい、労わるせりふを言う男は、相変わらずの能面顔。でも、それが何となく彼らしいって思ってしまう。悪くない。
「疲れたーっ! もう、おじさんは死ぬっ」
 渡邊さんが、大仰な動きで机に突っ伏した。
「課題、多すぎですっ!」
 ゆかりも、目を三角にしている。
「ちょっとスピードが早すぎて……」
 わたしも、正直に愚痴を吐いた。特に午前中の寝癖インストラクターの進め方は、キツかったし。あの調子でやられたら、早晩ドロップアウトは確実だ。
「わかりました。では皆さんの感想を、各インストラクターにフィードバックして、改善依頼を出しておきます」
「わあっ! 言わなくていいってば。単なる愚痴なんだからっ!」

 つい、腰が浮いた。長年の秘書勤めで、職場での言葉遣いは気をつけていたつもりなのに。言葉のほうにも地金が出た。隣でゆかりが、肩を揺すって笑っている。肘鉄をくれてやった。
 
 アドバイザーから連絡がいったのかどうかはわからないけれど、翌日からの研修は、どのインストラクターも、ゆっくりペースで進めてくれた。その分、宿題も増える。ペースを落とした分、時間内では終わらなくなるからだ。
 宿題の半分以上は、オンラインで出される。寮に戻ってからでも社内のネットに繋がる端末さえあれば出来る。こうなると、もう勉強三昧……。

 食事は、三食ともカフェテリア。部屋の小さなキッチンでは、たいした料理は出来ないし、買い物だってひと苦労だ。お店があるのは、正門の周辺だけだし、敷地の一番奥にある寮から正門までは、十五分。やってられない。いつも渡邊さんとゆかりとわたし、三人で連れ立って食べに行く。

 渡邊さんは「お兄さんのことを調べるぞ~」な態度を、少なくともわたしの前では見せなくなった。初日の飲み会と二日目の広瀬さんの授業のとき、わたしがブウブウ言ったから、懲りたんだと思う。
 わたし、イヤな女だったかもしれない。
 正直、お兄さんのために、と転籍までしてくる執念は、理屈としてはわからないでもないけれど、感覚的には理解できない。悪い人じゃないとは思うし、お兄さんのことで騒がなければ、楽しい人だと思うけれど。

 部屋でベッドに身体を投げ出して、一日の終わりに、思いを馳せる。
 コンパニオンドール……
 コンパニオンアニマルのように、人の心に寄り添うロボット。
 ねぇ。
 正義の味方君。あなたは、わたしのコンパニオンドールだったね。
 おぼつかない動きで二足歩行して、チョコチョコわたしの後をついて歩いた。
 朝、昼、晩と話しかけてくれた。いつもわたしのそばにいた。

 あなたの末裔を作るプロジェクトが、走っている。
 今のわたしは、まだまだ非力だ。
 でも、もっと学んで学んで、いつか必ず、あなたの末裔が社会に出て行くための力になる。
 見ていて。わたし、必ずやってみせる。
 
 毎日が、瞬く間に過ぎていく。
 連日の宿題、実習、そして三人共同のチーム課題と、とにかくやることが多くって、部屋に帰ってからも、休む暇がない。

 一週間で出会ったインストラクターは、本当にもう、様々なタイプがいた。生真面目に、テキストに沿って説明する人、テキストうっちゃらかしで、経験談が中心の人。ゆかりが指摘していたとおり、現場の人のお話は、リアルで聞き応えたっぷりだ。
 ほとんどのインストラクターは、職種転換をともなう異動――つまり技術的素養の少ないわたし達への配慮を心がけた授業をした。
 でも、中には、なんでこんなこともわからないのか、という態度でくる人もいて、本人に悪気がないのはわかっているけれど……、こっちとしてはかなり凹むし、そういうインストラクターの説明は、ひとりよがりでわからない。

「なぁ、ゆかりちゃん。さっきの説明、わかったか?」
「何となく。雰囲気はわかりましたけど、きちんと説明できるほどには、わからないですね」
 理系女(リケジョ)のゆかりが、苦笑いしている。
「希(のぞみ)ちゃんは、どうよ」
「わたしもダメです。部屋に帰ってから、自分で調べなおします」
 そうでなくても課題が多いのに、日中にわからなかった授業の分の独習まで加わるなんて。もう、睡眠不足確定だ。
「俺達、第一週目からこの状況かよ」
「ちょっと。まずくない?」
「……まずいですよね」

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