自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-05

 休み時間のお喋りも、弾まなくなってきた。皆、日を追うごとに、疲れと不安が濃くなっている。でも、頑張らないと……。
 職種転換で来た人達は使えない、なんて言われたくない。そうでなくとも、職種転換は狭き門。後に続く人のためにも、会社を納得させる成績を出しておきたい。なのに、早くも一週間で、イエローランプが点灯している。
 
「こういう時こその、アドバイザーなんじゃない? 環(たまき)君に助けてもらいましょうよ」
 休憩コーナーの自販機からコーヒーの紙コップを取り出したゆかりが、窓際のソファに伸びている渡邊さんとわたしの方へ振り向いた。そういえば、と思い出す。
「それ、いいかも。歓迎会のときに聞いたんだけど、結構、彼の評判よかった。何でもイヤがらずに教えてくれるし、仕事も丁寧な人だって」
 わたしの言葉に、渡邊さんが体を起こした。
「おっ、いいね。じゃ、昼飯をおごって頼んでみるか」
「希(のぞみ)が、声、かけなさいよ。環(たまき)君のことは、希(のぞみ)にまかせた」
 どうも、ゆかりのせりふは含みを感じるんだけど……まぁいいか。
 リストホンをタップする。個人の電話番号と部署の番号、ちょっと迷って部署の番号に電話した。

『はい、広瀬研究室です』
「すみません、研修生の永井ですけど、須藤さんは在席ですか?」
『ちょっとお待ちください。おーいっ、環(たまき)、電話。永井さんから』
 電話を切り替える音に続いて、聞き覚えのある声が入ってきた。
『はい、須藤です。どうしました』
 平板だけれど、低くて落ち着きのある声だ。
「忙しいとこ、ごめんなさい。研修のことで、ちょっと相談にのってほしくて」
「はい、どうぞ」
「あ、今じゃなくて。今日のお昼、一緒にしてもらえないかな。そこで話す。渡邊さんと佐々木さんも一緒。食事は、わたし達でおごるから」
『わかりました。伺います。それから、僕におごる必要はありません』
「いいって、いいって。じゃ、あとでね」
 電話を切ると、ゆかりが「いいって、いいって。またあとでねぇ~ん」と人のせりふを真似て笑った。
「ゆかり。そろそろ、本気で怒るよ」
 隣に座ったゆかりを小突く。
「いいじゃない~。殺伐とした研修の日々には、潤いのあるネタが必要だもの」
「わたしは、ネタか!」
 まったく……人をオモチャにして。
 
 昼は、予定通りカフエテリアに全員揃った。固辞するアドバイザーを渡邊さんが席に引き止め、ゆかりとわたしが洋食レーンに二回並んで、四人分の食事を運んだ。
「そういうことでしたら、いくらでも聞いてください。皆さんの研修を支援するのが僕の仕事ですから。勤務時間中は難しいですけど、五時以降少しなら僕の席で、あと夜、八時過ぎでしたら大体部屋に戻っていますので、そちらに来ていただいても結構です」
「いやぁ、助かる。じゃ、部屋で頼むよ。美味い酒がある。環(たまき)君、いけるクチだったよな」
 渡邊さんの手が、お猪口をクイっとあおる仕草をした。
「勉強おしえてもらいに行くんで、宴会しに行くんじゃないんですけど」
 わたしが睨むと
「いいじゃない。勉強の後で、みんなでパーッとやりましょ」と、ゆかりが渡邊さんに加勢する。
「宴会をしたいのですね。では、食器を用意しておきます」
 噴きそうになった。な、何を言い出すんだ、このアドバイザーはっ!
「あのね、わたし達に宴会させちゃってどーすんのよ。今、まさに落ちこぼれようとしてるんだから、止めなさいよっ!」
「止めてほしかったのですか?」
 無表情のまま首を傾(かし)げたアドバイザーは、かなり間抜けだ。こんな調子で、いいんだろうか。
「渡邊さん。飲むのは、絶対に勉強終わってからですからね!」
 ピシャリと言うと、おじさんは、ひきつり笑顔でコクコクと首をたてに振った。

「まぁ、どちらにしても、食事の準備は必要か。ゆかり、この近辺に買い物できるとこってある?」
「ん~、センターの正門前くらいかな。コンビニに毛が生えた程度のスーパーがあったでしょ」
 確かに、あった。でも、周辺に民家が少ないこの地域で、明らかにジャルスの社員狙いの店だから、規模は小さい。
「あれだけ? 寮に住んでる人たちって、普段は食事、どうしてるの」
「カフェテリアで食べちゃう人が多いみたいよ」
「毎日ってことはないでしょ」
「そっか。どうしてたんだろ」
 ゆかりが思案顔になった隣で、渡邊さんが咀嚼をやめた。
「環(たまき)君も寮だろ。いつも買い出しはどうしてる?」
 箸づかいのきれいなアドバイザーが、お皿の上に箸を置いた。
「食材の買い出しはしていません。朝と晩は、食べないんです。昼食は、同僚の方に誘われればカフェテリアに行きます」
「は? 食べない?」
 聞き返したわたしに、アドバイザーは澄ました顔で「ええ」と答えた。

 嘘だ。二十代の男が、食べずにもつわけがない。
「須藤君は、キチンとした食事じゃなくて、お菓子とかジャンクフードを食べてるわけだ」
 睨みつけると、彼は「そういうわけでは……」と目を逸らした。つまり、疾(やま)しい自覚がある。
「あぁ、俺も環(たまき)君くらいの頃は、食生活デタラメだったね。逆に夕食だけは、酒飲むから必ず食ったけど、朝と昼は抜いたり携行食なんかでごまかしたりだった」

 誘われればカフェテリアで……か。誰かと一緒ならちゃんとしたものを食べて、一人になるとダメなんだ。
「そーいう生活は、身体によくない。ねぇ、わたし達と一緒に食べない? せっかく寮も一緒なんだし」
 誘ってみた。
「いえ、そんなに食事は必要ない……」
「食事が必要ない? ちょっと待った!」
 テーブルを、パンっとたたいた。四人分のトレーが跳ねて、思いがけず大きな音になった。
 食習慣のなっていない男が、その大きな瞳をわたしに向けた。けど、睨み返す。
 食生活を軽んじる、その考え方は聞き捨てならないっ!

「あのね、人間はちゃんと食べないとダメなの。ロボットじゃないんだから。年とってから、身体ガタガタになっちゃうよっ!」
 怖え~、とおじさんの小声が聞こえたけれど、目線でピシャリと黙らせる。
「わたしも、希(のぞみ)とおんなじ考えかな。環(たまき)君、食生活を軽視するのは賛成できないよ。仕事に熱中してると、食べること忘れちゃうのかもしれないけど」
 ゆかりとうなずき合い、黙り込んだ褐色の肌の男を追い詰める。
「まぁ、まぁ。希(のぞみ)ちゃんも、ゆかりちゃんも」
 節くれだった手が、目の前に割って入った。
「環(たまき)君。都合がつけばでいいから、一緒に飯(めし)食おうや」
 渡邊さんのとりなしに、須藤君は素直にうなずいた。

「よし、わたしがじきじきに食事指導しますっ」
「いえ、指導をいただくようなことは……」
「わたしと一緒の食事は、イヤなの?」
「いえ、光栄です」
「すごいな、希(のぞみ)ちゃん……」
「何がですか?」
「いや、積極的だな~と……」
 渡邊さん、わたしに再び睨まれて、早々に白旗ポーズをとった。

 悪いけど、食事に関しては黙ってられない。
 わたしは、施設で教えられた。食べ物を大切にする心、食べ方のマナー、栄養を考えた食材選び。
 食生活は、人間らしく生きる基本だ。
 わたしには、ヒトとしての食生活を知らずに育った過去がある。だからこそ、食べる、という行為が、どれほど大切なことなのかは、この身で知っている。
 
 早速、翌朝から食事を共にした。

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