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コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-11

 食後の珈琲を飲みながら、週末のスケジュールを組み立てた。前週の轍は踏まない。まず、わたしの目が離れる土曜について。
 健康的な食生活を心掛けるよう訓示した。ちゃんと食べたか確認の電話をするからね、と脅迫つきだ。
 次いで、日曜の予定は――

「どう? 空いてるかな」
「はい」
「じゃ、一緒に外で食べない? 毎日カフェテリアじゃ飽きちゃうし。いっそ都心に出ちゃおうよ。P駅の周辺で、ぐるめランチ」
 P駅は、三つの路線が乗り入れる大きな駅だ。洒落たレストランやカフェも多い。

「せっかくの休日です。僕には構わず、休んでください」
「せっかくの休日だから、一緒においしいもの食べたいんだけど」
 環(たまき)が思案げに俯いた。しまった。いきなり強引すぎたかも。
「む、無理にとまでは、言わない……けど?」
 恐る恐る覗きこむと、彼は「降参」とでもいうような笑みを見せた。

「わかりました。では、遠慮なくご一緒させていただきます」
 神妙に言う「弟」が、いじらしく見えた。
「日曜、楽しみにしているから」
「こちらこそ」と、彼も目を細くした。
 
 シャトルバスは、かなり遅い時間まで運行している。ファミレスの出口で別れると、環(たまき)の背中がバス停へ向かった。わたしは駅の改札口に向かう。ホームへあがるエスカレーターに乗りながら、甘い香りに気を取られた。
 シトラス――食事中も、ふとしたタイミングで自分の服から香った。バスで抱えられていた時の、移り香だ。
 ホームにあがると夜風に当たり、頬の上気に気がついた。商店街の向こうにぽっかり広がる闇は、研究センターのある丘だ。人家の灯(あか)りは、わずかしかない。バスの赤いテールランプが、丘を登っていくのが見えた。
 
 土曜日。朝。目覚まし時計は八時を指していた。
 七時にセットしていたのに、鳴った記憶がまるでない。久々の自分のベッドで、すっかり爆睡していたらしい。
 まずいっ。朝のカフェテリアは、八時半までだ。
 大慌てで、環(たまき)の個人番号に電話する。
「もしもし、わたしよっ。希(のぞみ)っ! 朝ごはん行った?」
『あ、おはようございます。本当に電話してきましたね』
「あたりまえでしょ。で、食べたの?」
『いえ……』
「何やってるのよ。あと三十分もないじゃない。早くカフェテリア行って!」
『土日はカフェテリア、お休みです』
「あーっ! そうだった」

 うっかりしていた。土日はカフェテリアも売店も全館お休み。買い出しにしろ外食にしろ、いったん敷地を出る必要がある。
『僕は大丈夫です。希(のぞみ)さんもゆっくり休暇を楽しんでください』
 いや、全然大丈夫なんかじゃない。あの敷地の奥の寮からわざわざ出てきて、きちんと食事をする人なら、普段からましな食生活を送っている。放っておけば、彼は部屋でお菓子でも齧って、一日済ませちゃうのが見え見えだ。

「わかりました! 環(たまき)、今日はあいてる?」
『予定はありませんけど』
「じゃあ、明日の予定を繰り上げよう。P駅東口集合。今日、十一時」
 有無を言わせず決めつけて、電話を切った。元々、今晩には寮へ帰るつもりだった。予定が半日早まるだけだ。わたしの方も問題はない。
 手早く自分の朝食を済ませ、大急ぎで洗濯機を乾燥コースまでまわしきり、荷造りをして家を出た。
 
 P駅は、マンションからジャルスの研究センターに向かう経路の途中だ。駅構内は、乗り継ぎ駅らしく、大きなキャリーケースを引きずる人やザックを背負う人も目につくけれど、近くに大学があるせいで、学生が多い。雑然とした若者の街だ。
 人里離れた研究センターに幽閉されている身としては、たまにはこんな場所もいい。

 約束の東口に行くと、既に環(たまき)は着いていた。男性の二人組が、彼に声をかけている。どちらも着崩したファッションスーツで、おミズかギョーカイ筋って感じだけれど、何だろう。
「お待たせ~」
 わざと、大きな声を出し、ニコニコと歩いていくと、二人組が顔を向けた。
「こちら、カノジョ?」
 二人組の一人が、すかさず環(たまき)に確認する。
「いえ、同僚です」
「でも、おやすくないねー。デートでしょ」
 困ったように、環(たまき)がわたしのほうへ、目線を送った。
「なんですか?」
 割って入ると、彼らは芸能プロダクションの者だと言って、名刺を出した。

「彼、いくつかな。二十五くらい? ちょっと年齢いってるけど、イケると思うんだよね」
「うん、色気があるよね。ハーフ? ガイジンの血はいってるでしょ」
「目がいいよね。男から見てもゾクゾクする。オンナったらしの目だ」
「ビデオとか、出てみたいと思わないかな」

 いちいち体を揺すって、大きな身振りで話す二人は、いかにもチャラい。でも、名刺に書かれたプロダクション名は、わたしでも聞いたことのあるもので、準大手と言っていい。びっくりだ。
 一方、環(たまき)は、勝手がわからない、という様子で棒立ちしている。まるで不良に絡まれている優等生だ。「姉」としては、ここは助け舟を出すべきだろう。

「どうする? 研究室で論文書いているのとスタジオでフラッシユ浴びるのと……、どちらでもお好きにどーぞ。でもうちの会社、副業禁止でしょ。みつかったら、確実にクビだよ」
「えっ、彼って研究員なの?」
「そっ、最先端科学のね」
「あ……、そう。そりゃ勿体無い、いや、残念だね。失礼」
 スカウトマン達は去ったけれど、周囲で聞いていた人達が、チラチラとこちらを見ている。
「早く行こう」
 環(たまき)の腕を掴み、大通りの方へと走り出た。
 
 目指すお店は、大通りから徒歩五分程度のところにある。室内の植栽が、ちょっとお洒落なカフェレストラン。大きな天窓があり、自然光が差し込むというのがウリ。ワン・プレートメニューが充実していて、女性には人気のお店だ。
 営業所時代、秘書やアルバイト仲間で時おり話題になっていた。
 結構混むとは聞いていたけれど。二人なら、なんとかなると舐めていた。
 甘かった。混んでいる。相席ならと言われ、十人がけの大きな丸テーブルの席についた。

 環(たまき)と並んで座ると、何人かの目がチラチラと、こちらを見ている。
 そうか、環(たまき)を見ているんだ、と気がついた。
 たしかに顔立ちは整っているし上背もある。浅黒くって、いかにも異国の青年だ。
 きれいな「弟」を連れ歩くのは、なかなか楽しい。ついニヘラっと、顔が緩んだ。
「何食べる~?」
 自分の口から出た声に、自分で焦った。まずい。「弟」に甘い声出して、わたし、一体何をやってる。
 これじゃあ、まるで、デートをしているみたいじゃない。

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