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コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-12

 メニューを見る環(たまき)を、隣から覗きこむ。彼は、大判のメニューを閉じた。
「何でも、結構です。希(のぞみ)さんの好きなものを頼んでください」
「自分で決められないの?」
 睨むと「じゃ、Aランチにします」と返してきた。
「OK。じゃ、わたしBランチ。あ、でもAランチもおいしそう」
「では、Aランチふたつですね」
「うーん、二人で同じもの頼むのは、つまんないな」
「逆にしましょうか。僕はBランチでも構いません」
「わかった! こうしよう」

 脳内に、施設での場面が甦った。兄弟が、種類の違うお菓子を分け合っている姿だ。
「AとB、ひとつずつ頼む。でね、来たら半分こにしない?」
「半分こ?」
「ほら、半分ずつにしたら、両方食べられるじゃない」
「いいですね。では、半分こにしましょう」

 ランチが来てみると、おかずもいろいろ種類がのっていて、分けるのが面倒くさい感じだった。
「半分ずつ食べてからお皿ごと交換しちゃわない? そのほうが簡単」
「いいですよ」

 弟だと思うと、だんだんと遠慮がなくなってくる。でもよく考えてみれば、食べかけを食べさせることになる。これは、大人の対応としてどうだろう。
 カップルや親子がやっているのは見たことがある。でも、わたし自身がこんなことをするのは初めてだ。

 半分を食べ終えると、褐色の大きな手が伸びてきた。わたしのお皿を要求している。お皿を彼の方へ押し出すと、代わりに彼のお皿が目の前にまわされてきた。
 まぁ……、いいか。
 フォークでお皿の中をつつく。自分も環(たまき)の食べかけ、食べている。環(たまき)の方も、当たり前のようにフォークを口に運んでいる。

 テーブルに、天窓から差し込む日差しが明るい。ここ二、三日ハッキリしない天気だった。今日は久しぶりに青空だ。食後の珈琲に口づけながら、この後どうしようかと環(たまき)に尋ねた。
「帰るのではないのですか」
「うん、せっかく出てきたんだし、天気もいいし。遊んでから帰らない? 環(たまき)がよく行くところとか、あったら教えて」
「ほとんどセンターから出ませんので」
「そんな閉じこもった生活してるわけ? 彩(いろどり)のないっ! 研究員て、みんなそうなの?」
「さぁ、他の方のことは知りませんが」
「わかった。じゃあ、今日はわたしにつきあって」
 
 レストランを出て、レンタカーショップのカウンターに向かった。
「お天気がいいから、ドライブに行こう。今からじゃ、あまり遠くへは行けないけどね。免許持ってる?」
「あります」

 差し出された免許証を見て、つばを飲んだ。記載されている名前……須藤スンニル・環。
「スンニル?」
「四年前、日本の戸籍を得るときに、改名しました。環(たまき)は、父が授けてくれた日本名です」
「スンニルってどこの国の名前?」
「インドです」

 あらためて、彼の顔立ちを見た。ああ、そうか。浅黒い肌もはっきりとした目鼻立ちも、確かにインドの俳優みたいだ。
「環(たまき)は……。あっ、スンニルって呼んだほうがいいのかな。インド人だったんだ」
「環(たまき)と呼んでください。インド人ではありません。今は日本の国籍を持っています。それに、僕の父は須藤大輔ですから」
「あ……そうなんだ」

 あれ? お父さんは専務?
 ということは、環(たまき)のお母さんがインド人ってことで……
 でも専務の奥様、日本人だったと思うけど。確か社内報で見たことある。
 これって、つまり……。

 聞いてはいけない領域に踏み込んだ感があった。
 考えてみれば、彼は養子だ。二十七歳の彼が四年前に養子になったということは、成年養子。養育のために迎えられたわけではない。
 成人した人間が、それも異国に住む彼が、敢えて養子として須藤の家に入る理由……

「ごめん。わたし、余計なこと聞いた?」
「気にする必要はありません。それより、どこに行きますか」
「う、うん、そうだね、海。海がいい。陳腐かな?」
「いいですね。希(のぞみ)さんが運転しますか? それとも」
「あっ、わたしがする。これでも、運転得意なのよ。学生時代は、配送のバイトしてたから、毎日大きなワゴン車運転していたし。疲れたら替わって」
「わかりました」

 スポーツタイプの車を借りた。店のスタッフから受け取ったキーを差し込む。水素カーと電気カーが主流の今の時代には珍しい、ガソリンと電気のハイブリッドだ。スイッチを入れる。エンジンに力がみなぎってくるのが、静かに伝わる。コンソールパネルが、一回全点灯してから、それぞれのメーター機能を果たし始めた。

――彼は実の息子、専務の庶子だ。
 御曹司、能面の貴公子。どれも彼を正しく表現していない。
 彼にはいろいろあって、と言った広瀬さんの言葉が思い出される。上司として、彼の人事情報には通じているのだろう。だからこそ出た言葉……

 思考を止めた。いらない情報だ。環(たまき)が庶子だろうが何だろうが、わたしにとって、環(たまき)は環(たまき)。愛おしい「弟」だ。
 助手席に座った環(たまき)が、シートベルトを着用する。サイドブレーキを下ろすと、ゆっくりと風景が動き始めた。
 
 海が見えた。といっても都心から一時間ちょっとなのだから、自然というより、都会の海。まわりは高層ビル群が取り囲んでいる。周辺は公園になっていて、木道が整備されていた。
 車を駐車場にとめると、助手席からおりた環(たまき)の前髪を、浜風がなぶった。

 こいつ……、絵になる。

 あらためて、その佇まいに心が惹かれた。
「ねぇ。ちょっと歩こうか」
「はい」
 木道をめぐり、人工の砂浜におりた。小さな波がおしよせている。手をひたすと、ちょっと冷たくて気持ちがいい。
 ビーチボールで遊ぶグループ。子供をつれた、若い夫婦。でも、一番多いのはカップル。おだやかな、午後が静かに流れていく。影が伸びた。

「はい、どうぞ」
「え? あ、ありがとう」
 隣を歩いていたはずなのに、姿がちょっと見えなくなったと思ったら、いつの間にか飲み物を手にして、差し出してきた。目元がわずかに微笑んでいる。

 この顔が気になる。つい見てしまう。
 出して……といって倒れた人。わたしと同じく、心に困ったものを抱えているヤツ。
 決して同情するつもりじゃないけれど、その人形のような顔の下に、何があるんだろうって思わされる。
 おかしいな。
 わたし、環(たまき)のことばかり考えている。

 いつしか夕暮れ時がせまり、闇が海岸線から天空へ向けて駈けのぼる。湾岸のビル群に灯りがともり、キラキラと輝きはじめた。

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