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コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-16

「……わたしは、構わない」
 環(たまき)を置いて、大股に先へ歩いた。
「噂に振りまわされるの、バカくさい。環(たまき)が困らないなら、これまでどおり。つきあいは変えない。環(たまき)は、わたしの……」
 続きのせりふは、背後から届いた。
「弟ですから」
 スッと横に並ばれた。見上げると、あの褐色の顔がわたしに向かい、静かに笑った。
 
 寮に戻ると、慌ただしく準備を始めた。各部屋に備え付けの椅子は、ひとつしかない。まず、環(たまき)がいったん椅子を取りに自室に寄っている間に、わたしは部屋をかたずけた。
 すぐに椅子を抱えた彼が戻ってくる。迎え入れて、二人で食卓の準備を始めた。壁際のデスクを真ん中に引っ張り出し、出前のバッグから、中身を取り出す。器を並べ、箸を並べ、お茶を淹れる。手を動かしながら、自問した。

――わたし、これまで食事ってどうしていたっけ。
 もちろん、研究センターに来る前も、三食きちんと食べていた。栄養だって気遣っていた。でも、平日のランチの時と、週末に克也が来る時以外、食事はいつも一人だった。いや、克也が来ても、泊まりだけの日も多かった。ほとんどいつも、一人の食卓だったはずだ。

 食卓が整った。環(たまき)と向き合い「いただきます」と声を合わせる。
 今はいつも、環(たまき)が一緒だ。
 いつの間にか、彼と食事をするのは当たり前で、かけがえのない時間になっている。

「半分こ、しますか?」
 そういえば、朝の環(たまき)は「半分こ」を言わなかった。渡邊さんが、いたからだ。
「うん、もらう」
 半分こは、環(たまき)とわたし、二人の間の特別ルール。互いの丼(どんぶり)を交換する。
 食事中、環(たまき)もわたしも、たいした話はしなかった。どうでもいいことを、ポツリポツリと交わすだけ。でも、時間と空間を共有している――それだけで、気持ちもお腹も満ちてくる。

 食後、狭いキッチンに二人並んで、洗いモノをチャッチャとすませた。洗った食器は、裏門脇に所定の回収場所があるそうで、環(たまき)が返しておいてくれると言って、持って帰った。
 
 翌日、わたし達のアドバイザーは、一日のクロージングを終えると続けて切り出した。
「すみません。明日の夕食は、ご一緒できなくなりました」
「仕事?」
「はい。参加しているプロジェクトで、テスト局面の打ち上げパーティがあります。どうしても出席しないといけないようです」
「プロジェクトって、どんなの?」
 環(たまき)は実証試験を担当している、と枝野さんは言っていた。具体的にどんなモノを扱っているのか、興味がある。

「アイドッグという盲導犬ロボットのプロジェクトです。僕もテスト担当として参加しました」
 アイドッグ? どこかで聞いたような……
「盲導犬ロボット? わぁ、ぜひ見た~い」
 ゆかりが手を挙げ、渡邊さんも「俺も、俺も」と身を乗り出した。
 思い出した。アイドッグは、コンパニオンドールの製品化第一弾だ。須藤専務の直轄プロジェクト。渡邊さんは、お兄さんも関わっていたんじゃないかと気にしていた。

 渡邊さんの表情を、窺い見る。一見無邪気にはしゃいでいるけれど、多分別の狙いがある。
「ねぇ、見学ってことで、わたし達をそのパーティに連れて行くことはできない?」
 そう提案したのは、コンパニオンドールのプロジェクト参加者と渡邊さんの間に、つながりができればいいと思ったからだ。そうなれば、渡邊さんは広瀬さんを追い詰めずとも、他の人からお兄さんのことを聞ける。
 アドバイザーは、すんなりとOKを出した。
「わかりました。では、みんなで行きましょう」
 
 翌日、いつものカチっとしたスーツの代わりに、上品なワンピースのアンサンブルで部屋を出ると、朝食の時に冷やかされた。
「何、希(のぞみ)。合コンでも行くつもり?」
「えっ。おかしい?」
「いやぁ、希(のぞみ)ちゃん、可愛いよ。とても似合ってる。環(たまき)君も、そう思うよなぁ」
 渡邊さんに肘でつつかれた環(たまき)が、「はい」と素直に答えてニコっと笑った。あんまりにもストレートな反応に、ひどく焦った。

「あ、えーと。どうも」
 どう返していいかわからず、言葉がつかえる。
「うん、うん。パーティで環(たまき)君を獲られないよう、気合いを入れたってわけだ」
 ゆかりが、わたしの全身を眺めまわしてニヤニヤしている。
「違いますっ! どんな立場の人の前に出ても、失礼にならないようにしてるだけ。秘書なんか経験してると、こーいうことは気を遣うのよっ」
「希(のぞみ)ちゃん。顔、赤くなってるぞ」
 渡邊さんまで、追撃してくる。なのに環(たまき)は、平然としている。わたしだけ、朝っぱらからさんざんだった。
 
 終業後、四人で向かった宴会場は、一号館のカフェテリアの一角だった。会場は立食形式。立って食べやすい高さの丸テーブルがいくつも並び、周囲を飲み物やお惣菜コーナーの長テーブルが取り囲む。演壇はなく、かなり気さくなパーティのようだった。
 思ったより出席者は多い。百人以上はいそうに見える。自由参加、自由退席なのだそうで、すでにパーティは始まっていて、歓談タイムになっていた。

 会場について早々、渡邊さんは、お菓子に向かう子供のように、談笑している女性グループに突撃した。あっという間に、話の輪の真ん中にいる。環(たまき)も、プロジェクトの人につかまって、離れてしまった。
 知らない人ばかりの中に、ゆかりとわたし、二人だけが残された。人が多くて、アイドッグがどこにいるかもわからない。しばらくは周囲を観察することにした。

「希(のぞみ)。渡邊さんの噂、知ってる?」
 さりげなく、ゆかりが話題を振ってきた。
「ううん、何?」
「最近、わたし達との夜のお食事、全然参加しないでしょう。あれね、広瀬さんを追い回すのに忙しいからみたいよ」
 思わず、眉間が寄った。
「まさか、お兄さんの件? 知ってることを白状しろ、とか脅してたり?」
「ん~、そーいうんじゃないみたい。何か、スキップせんばかりのノリで、夜になるとしょっちゅう広瀬さんの席へ食事の誘いに来てるって。広瀬さんも、二、三回に一回は根負けしてつきあってるみたいよ」
「その話、出所、どこ?」
「枝野さん」

 苦笑した。上品そうな顔をして、つくづく枝野さんは、男女の話題がお好きらしい。まぁ彼女の席は室長席の隣だから、広瀬さんの様子は、どうしても目についてしまうのだろう。それにしても――
「ちょっと意外。わたし、渡邊さんは広瀬さんに対して少しネガティブな感情があるって思ってた」
「そう? あのお二人、最初からずっと仲良しだったじゃない」

 言われてみれば確かにそうだ。それに……お兄さんの月命日には、一緒に食事をしている仲だ。
 渡邊さんは、広瀬さんから聞きだしたいことがある。でも、好意もある。彼女に対して、無茶をするはずなど、なかったんだ。
――俺、兄貴とおんなじDNA持ってんだなぁ~って。あーいうオンナに弱いDNA。

 案外本気なのかもしれない。
「いっそ、お二人、くっつけばいいのよ」
 ゆかりがグラスを振り上げた。彼女の怖いもの知らずの発言に、思わずワインを噴きそうになった。

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