コンパニオンドール
< BACK1章 桜の下で君がみつめる 1-2-17
慌てて口元を押さえると
「噴かないでよ。このスーツ、お気に入りなんだから」と、ゆかりが睨む。
「噴かないわよっ。人を何だと思って……」
不意に背後から、ひそひそ声が耳に入った。
――この二人連れよ。小さい方
振り返ると、わたしより少し年下らしい女性が三人、いつの間にか、並ぶように立っていた。
三人とも、いかにもブランドもののフェミニンなスーツやアンサンブルで、ヒールの高いパンプスを履いている。街から隔絶された山中の職場に合わない華やかさで、まるでイベントコンパニオンだ。
「あなた、今期の異動の人でしょう?」
「ええ」
話しかけてきたのは真ん中の人。長い髪の先端をきれいなロールに巻いていて、三人の中では、一番ゴージャスな雰囲気がある。
「研修中の人間が、なんでこんなとこに来てるのかしら」
「なんでって……見学ですけど。いけませんか」
この三人は、わたしが研修生だと知っているんだ。でも、広研(こうけん)の人ではない。初めて見る顔ぶれだ。手していたワイングラスをテーブルに置き、彼女達に向き直った。
「失礼ですが、どちら様ですか」
彼女達の居丈高な態度が、鼻についた。だから、思いっきり慇懃無礼な態度で聞き返した。ゴージャスさんの隣に並ぶ赤毛さんが「うわ、強気~」と聞えよがしに呟いた。反対側の端にいる、色白ぽっちゃりさんが、小声で応じる。
「しょうがないって。この人達、事務係だったんだもん。それが今や研修生。舞い上がっちゃってんのよ」
あまりなセリフに、唖然とした。
「何が言いたいの――」
肩に手を置かれた。ゆかりだった。下がって、と顔が言っている。ゆかりに譲った。
「あなた達、ライブラリーのスタッフでしょ」
ゆかりの指摘に、三人が一瞬怯んだ。当たりらしい。
「わたし、先月までここの総務にいたのよ。知ってる? どこの部署も総務には必ず世話になってるの。だから総務って、いろんな情報が入ってくる」
ゆかりは、三人を順に見定めるように視線をめぐらし、それからゆっくり笑みを作った。目が笑っていない。
「ライブラリー管理チームに、『御曹司』が大好物の女の子達がいるって、結構噂になってるんだけど。あなた達のことじゃなくて?」
「なんですってぇ!」
事務係を舐めたぽっちゃり女が大声をあげ、それを真ん中のゴージャスさんが片手で制した。
「条件のいい男に関心をもつのは、女として当然でしょう? それに、わたし達は公私混同してないし」
公私混同? ゆかりと顔を見合わせた。
「そっちのチビのほうよ」
チビ……わたしのことか。ご指名ときたので、あらためて前に出た。
「わたしがいつ、どーいう公私混同をしていたのか、具体的に言ってくれないとわからないんだけど」
ゴージャスさんに、人を小バカにするような笑みが浮かんだ。
「いい年して、年下のアドバイザー、時間外や休日まで振りまわしてみっともないって言ってんの。迷惑がられてんの、わかんないのかしら?」
アドバイザーって――環(たまき)のことか。
彼女達の意図はわかった。阿呆らしさに、笑っちゃいそうだ。
「あのね。須藤君は、迷惑なら迷惑だってハッキリ断れる大人なの。彼は、あなた達みたいな小娘に代弁してもらわなきゃ自分の意見も言えないようなお子チャマじゃないわよ」
「こ……小娘? 信じられない、何、このおばさん」
「おばさん? へぇ。初対面の人間にそこまで言うんだ」
「希(のぞみ)、やめなさいよ」
ケンカごしになったわたしを、ゆかりが止める。
「ヤだ。やめないっ」
三人娘に、「ちょっと待ってなさい」と言いつけて、会場の中、環(たまき)を探した。長身で褐色の環(たまき)は目立つから、ごった返しているわりに、すぐみつかった。
名を呼ぶと、何も知らない男が能天気に振り向いた。
「あ、永井さん」
「おぉ、これが噂の……」
環(たまき)と会話していた男性の一人が、わたしを見てニヤニヤしだした。
「環(たまき)と毎日お食事してる女の子だ」
好奇心の目がうるさい。でも、いい加減もう慣れた。
「はい、永井希(のぞみ)です。いつもお世話になっていますっ」
お義理に挨拶してから、環(たまき)の袖を引っぱった。
「環(たまき)。あの子達、何?」
目線で、小娘三人組を示す。
「ああ、テスターの方達です。普段はライブラリーにいるスタッフで……」
「あれ、あなたのファン?」
「さぁ? よく話しかけてはきますけど」
「わたし、ガンつけられてんだけど。迷惑なのよ。相手してやってくれない?」
「相手する……?」
要領をえない環(たまき)を、有無を言わせず三人組のもとへ連行した。
「ほら、本人連れてきたわよ。あなた達も仲良くしたいんでしょ? 食事でも何でも、自由に誘えばいいじゃない。わたしは、拘束しちゃいないんだから。じゃ、これで失礼!」
言い放って、その場を離れた。
彼女達は、ゆかりには構わず、わたしだけを責めてきた。
多分、わたしが環(たまき)と二人のところを、見られている。カフェテリアでの食事風景だけじゃない。バスの中で環(たまき)の腕の中に入っていた時や、週末のP駅、もしかしたら海浜公園でも見られていたのかもしれない。人の目なんて、どこにでもある。
腹立つ……。環(たまき)と親しくして、何で責められなくちゃならないのよっ!
「よう、楽しんでるか?」
突然かけられた声に、覚えがあった。
「あーっ、あなた……」
「覚えてたか?」
金縁メガネの奥で、目を細めている男。確かバスの中で――
「樋口さんでしょ。環(たまき)の先輩。覚えてるわよ」
「環(たまき)、ね」
フフンと笑われ、失言に気付いた。環(たまき)以外の人前で、わたし、彼を呼び捨てにした。恥ずかしさに、樋口さんをキッと睨む。
「うん、あいかわらず元気そうで何よりだ。今日は何だ、環(たまき)にでも誘われたか?」
「いえ、研修のメンバー全員で、見学に連れてきてもらったんです。アイドッグを見たくて」
「アイドッグか。来てるぞ。見るか?」
「はいっ」
樋口さんについて歩く。少し離れたところに集まる一団の中に入ると、真ん中に大きな犬が二匹、お行儀よく座っていた。一匹は、いかにもロボットといったスタイリッシュでメカっぽい犬。もう一匹は、盲導犬としてたまに見かける、ごく普通のゴールデンレトリバー。どちらもハーネスをつけている。ロボットと、比較用の本物といった組み合わせかも。
ちょっと失礼、と樋口さんが割って入り、管理者らしい人と二言三言会話する。それからわたしの方をあごでしゃくった。管理者らしい人がうなずくと、樋口さんが手招きをした。