自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-19

 マイクの音が響いた。
「皆さま、ご歓談中かとは思いますが――」
 司会者が、会場の一角に作られた演壇上で話し始めた。これから、アイドッグのテスターをした人達の感想を、何人かに聞くらしい。テスターと聞いて、三人娘の顔が浮かんだ。

 研究センターにも、あーいうのがいるだなんて、びっくりだった。
 御曹司好き? 環(たまき)は、確かに専務の息子だけれど、純粋な御曹司なんかじゃないのに。
 庶子として異国に生まれ、実父の家に養子に入った。感情表現が乏しくて、閉鎖環境にひどく弱い。出して、と言って気を失う。環(たまき)というのは、そういう人だ。多分、想像もつかない重いものを抱えている。軽々しくつきあえる人じゃない――

 苦笑した。軽々しいのは、わたしのほうだ。食生活の指導だなんて、もっともらしい言い訳けをつけ、毎日ベッタリつきまとっている。

 演壇に背を向けた。背後では、テスター達の感想が始まっている。会場を出た。そのまま階段をあがって外に出ると、夕風が湿った緑の匂いを運んできた。

 他人の心を欲しいだなんて思ったことは、これまでなかった。洒落た会話、暖かい肌、そんなものだけ、あればよかった。
 人に深入りするのは、避けてきた。自分がされたくなかったからだ。
 これまでの人生で、唯一心を許したのは、正義の味方君――身の丈三十センチの、少年ロボットしかいない。なのに――

 寮に入り、共同生活をするなかで、ガードが甘くなっていた。言葉も態度も地金がのぞき、笑ったり怒ったりしているうちに、褐色の肌の男が、スルリと心に入り込んだ。
 彼がわたしをどう思っているのかは、わからない。共に食卓を囲むだけだ。ただそれだけのことなのに、日々存在が大きくなる。

 足元に、ため息をこぼした。
――環(たまき)は「弟」。

 違う。
 彼に対して感じていること、期待していること、それを世間では何というか。
 本当はもう、わかっている。
 空に向かいもうひとつ、ため息をついた。

 部屋に戻り、一人で先に帰ったことを、詫びるメールを、ゆかりに送った。折り返し、気にしなくていいよ、と返信がきた。会場で、元の部署の知り合いをみつけ、楽しんでいるらしい。
 ほっとした。友人を置いて帰っちゃうなんて……、我ながら、ずいぶんテンパっていたのだと、苦々しかった。
 
 翌朝、朝食会は欠席に決めた。自分の下心に気付いてしまい、平静な気持で向き合えなかった。
 今日提出の課題がまだ出来なくて、ギリギリまで頑張るから、とゆかりに欠席のメールを送る。でも、彼女も欠席するかもしれない。その時は、直接環(たまき)に断るしかない……とはらはらした。返信は、すぐにきた。
――欠席了解。みんなにも伝えとくね。頑張って~。

 これでよし。目下の懸案がかたづくと、次は朝食。
 といっても食材なんてまったくない。珈琲を淹れ、キャンディーを並べ、ハイ終わり。我ながら乏しい食事だ。これじゃ、環(たまき)のことを、言えやしない。
 キャンディーを口に放り込み、ニュースと天気予報を聞きながら、着ていく服を準備する。ノックがあった。
 はい、と応え、しまった、と思った。この時間にノックしてくる人間なんて、限られている。でも、返事をしちゃった以上、開けざるを得ない。
 開けた先に立っていたのは――案の定、今、一番会いたくなかった人物。環(たまき)だった。

「おはようございます。課題が間に合わなくて困っていると聞きました。よければヘルプします。見せてもらえますか?」
 彼の顔を見て赤くなり、セリフを聞いて青くなった。
 まずいっ! 課題なんて、もう出来ている。食事抜きで頑張るなんて、嘘だもの。
「あ、ありがとう。ちょうど今、出来たところ」
「じゃ、これ。テイクアウトしてきました。急いで食べてしまいましょう。入っていいですか?」

 追い返す言い訳けが、浮かばない。結局、部屋に環(たまき)をあげて、一緒に食事をする羽目になった。
 これじゃ、全然意味がないじゃないっ! 何のためにサボったのよ。
 心の中で思いっきり、自分を罵(ののし)る。
 紙袋を手に、環(たまき)は平然と入ってきた。わたしはジャージ姿だし、ベッドの上には通勤服が散らばっている。でも、全然気にかけるふうでもなく、彼は紙袋の中身をデスクに並べた。
 サンドイッチ、サラダ、コーヒー。
 ちゃんと野菜が一品入っている。わたしがいつも、野菜をとってと言っているから……。

「みんなと一緒に食べちゃえばよかったのに」
 不貞腐れた言い方になった。椅子を勧め、わたしはベッドの縁に座り、いただきます、と声を合わせる。
「僕が食事をすっぽかしたら怒るのに、希(のぞみ)さんは抜くんですか」
 痛いところを突いてきた。言い返せない。
「困ったことがあれば、次からは遠慮せず早く言ってください。突然食事に来ないなどと言われると、心配になります」
「……ごめんなさい」
 いつもは、わたしが叱り飛ばしているのに。今日は立場が逆転だ。でも、正直、テイクアウトは嬉しかった。お昼まで、すきっ腹を抱えずにすむ。

「昨日は、ほとんど一緒にいられず失礼しました。アイドッグはどうでしたか? 樋口さんと一緒に試してみたようですが」
 サンドイッチをほうばりながら、耳の早い男が聞いてきた。
「うん。すごいよかった。本物そっくりにするだけじゃなくて、ロボットだからこその魅力もあって、人の役にもたつ。もう少し早く異動してたら、わたしも関わってみたかった」
 悶々としていたのがウソみたいに、スムーズに会話が始まる。もう、いつもの環(たまき)と、いつものわたしだ。口の中に、サンドイッチの旨味が広がる。

「アイドッグには、それぞれ名前がついています。希(のぞみ)さんが試した犬の名前、聞きましたか」
「ううん。何?」
「トムっていいます。ロボット犬、トム」

 ロボット犬、トム……。
 記憶の沼の奥底で、何かが動いた。
「な……名前の由来は?」
「昔のアニメに出てきたロボット犬の名前から取ったそうです。開発メンバーの方がつけました」
「アニメ?」
「はい。話してくれた方の記憶が不確かなので、正確にはわからないのですが『宇宙少年ケイ』だか、『宇宙少年ケン』だかという名前のアニメに出てくる犬で、主人公の少年とともに、地球の平和のために戦うそうです。チャーミングで、賢くて。名づけた人は、子供の頃からずっとトムが欲しくって、ロボット開発のエンジニアになったと言ってました」

――宇宙少年ケン
 心の中が、パンっと弾(はじ)けた。

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