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読書感想(書籍) 猫を抱いて象と泳ぐ

慎ましやかな命の軌跡が、緻密な構成で炙りだされる――
猫を抱いて象と泳ぐ(小川洋子)文藝春秋
 プロフィール欄で「好きな作家」の一人として挙げた、小川洋子の作品です。海燕新人文学賞でデビューし芥川賞を受賞する、といった、いわゆる「純文学系」の道から出発した方らしく、独特の心象風景、心理描写の繊細さが光っています。「博士の愛した数式」で本屋大賞を受賞してから、一気に読者層が広がりました。
「猫を抱いて~」は、ブレイクした後に書かれました。なぜか文学賞には恵まれなかったのですが、イチオシしたい作品です。
 2015年現在、映像化はされていないようです。しかし、幻想的で奇抜なガジェットが浮遊するこの作品世界を、ぜひ映像でも見てみたいものです。どなたか、してくれないでしょうか (^^ゞ
 
■あらすじ
 チェスにおいて「盤上の詩人」と称されたロシアのグランドマスター、アレクサンドル・アリョーヒンになぞらえて「リトル・アリョーヒン」と呼ばれるチェス指しがいました。彼の姿を見たものは、ほとんどいません。なぜならば、彼の表の姿は「自動チェス人形」だったからです。
 人形チェス盤の中にもぐってチェスを指す、という見世物的なスタイルは、彼をチェスの表舞台での名誉から遠ざけました。しかし、彼は数々のグランドマスターたちに勝るとも劣らない美しい棋譜を遺したのです。ゆえに、彼は「盤下の詩人」リトル・アリョーヒンと呼ばれました。
 リトル・アリョーヒンが、なぜリトル・アリョーヒンになったのか、その生涯を辿ります。
 
■感想
 作中、主人公「リトル・アリョーヒン」の本名が、一切出てきません。チェスに出会う前の彼は「少年」と呼ばれ、長じてチェスに出会い、才能を顕わにしてからは「リトル・アリョーヒン」。これは彼の人生を象徴している、と感じました。
 人形チェス盤の下にもぐり、表舞台に出るどころか衆目に姿を晒すことさえしなかった彼にとって、名前など些末なことだったのかもしれません。ただ、「盤下の詩人」であり続けることに人生のすべてを捧げた。ストイックではなく、一途にチェスの世界を追い求めた結果なのです。そして、彼には素晴しい家族と仲間、理解者がいました。淡い恋もありました。常人ではたどりつけない高みへと駆けていった彼の生涯に、人にはこのような生き方もあるのだ、と胸を強く打たれました。
 何層にも色を重ねる多色刷りの版画のように、いくつもの象徴的なエピソードが連なり、それらが全て出そろった時、リトル・アリョーヒンという生き方が姿を表す。作品として、その構成の緻密さにも感嘆のためいきがこぼれました。

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