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読書感想(書籍) わたしを離さないで

過酷な運命の流れの中、失ったものと失わないもの――
わたしを離さないで(カズオ・イシグロ)早川書房
 著者は、日系英国人。幼少時に家族で英国に渡り、長じて英国籍を取得しました。そのせいか、養育施設・ヘールシャムの描写には、英国の寄宿学校を思わせる風景が濃く表われています。
 映画は、監督・マーク・ロマネク、主演・キャリー・マリガンで、英国インディペンデント映画賞にノミネートされました。原作の雰囲気を壊さないよう丁寧に作られています。映画を見てから原作を読んでも、その逆でも、多分印象は変わらない。監督や脚本家の、原作に対する敬意が感じられました。原作を読み返す時、今でも脳内に映画のワンシーンが違和感なく浮かびます。
 
■あらすじ
 主人公・キャシーが、自らの仕事と半生を語ります。幼少期から思春期まで暮らしたヘールシャムという施設での日々、施設を出てから今の暮らしに至るまでの軌跡。一見他愛のない青春回顧のようなのに、随所に出てくる奇妙な体験。そして冒頭から当たり前のように語られる「介護人」、「提供者」という言葉。キャシーが身を置く世界が、物語の進行とともに全容を見せ始めます。
 
■感想
 一読目、理不尽な運命に逆らわず、従容と受け入れる主人公達に、やりきれないものを感じました。周到な「教育」は、人間らしく生きようとする意思さえ摘み取ってしまうのかと。
 再読。延々と描写されるヘールシャムでの日々の中に、彼らが自らの運命に対して何も感じていなかったのではなく、見ないように、気付かないように自ら注意しながら暮らしていたことが伝わってきました。これが彼らの処世術だったのです。やがて施設を卒業すれば、厳しい現実の中に投げ込まれます。逃げることは叶いません。
 施設の保護管やマダムと呼ばれる謎の夫人、日々、ヘールシャムの子供たちと親身に接している人々の葛藤も、随所にちりばめられています。
 彼らはあらゆる手段を講じて努力した、それでも子供たちの未来は変えられなかった。過酷な運命の流れの中で、キャシー達はもちろん、周囲の人も多くのものを失くしていました。

 主人公・キャシーが半生を回顧して語る、という形で進む物語ですが、彼女がなぜ、どういうシチュエーションで誰に向けて語っているのかは最後まで明らかにされません。けれど、彼女が生きてきた軌跡を語るというその行為、そして彼女が語りの終盤で「ヘールシャムはわたしの頭の中に安全にとどまり、誰にも奪われることはありません」と明言するくだりに、人の「人生」と「思い出」だけは誰も奪うことはできない、その人だけのものなのだと思いました。

 過酷な設定に合理性があるのか、と賛否が分かれるようですが、これは「逃れられない現実」のメタファーとして読むのもアリだと思います。シリアスな物語ですが、多くのことを考えさせてくれました。

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