自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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序章 八年目の春の風 0-2

 この事件がきっかけで、わたしは伏木主任とも親しくなった。いいお兄さんといった感じ。ちょっとキザで強引で。いつも浮名を流している。

「伏木さん。また彼女、変えたんですか?」
「永井さんは、何でもお見通しだな」
「秘書や事務の女性のネットワークを、バカにしちゃダメですよ」
「永井さんがつきあってくれたらもう、落ち着いてもいいけどね」
「そのせりふ、今週だけでも七人には言ってるんじゃないですか」
「はは、まいったね」

 軽妙洒脱な彼との会話は、会社生活に彩りをそえてくれた。
 けど……

 そもそもわたしは、ロボットと人をつなぐ仕事がしたかった。孤独な子供時代、オモチャのロボットが唯一のわたしの支えだった。そのぬくもりを、多くの人に届けたい。そんな思いでこの会社に入ったのに。
 職場の人間関係は、長い月日のうちに改善された。けれど、わたしの夢、ロボットに直接かかわる仕事ができない不満は、まだくすぶっている。

 毎年毎年、年初の所属長面談で希望を出した。研究センターに行きたいんです。独学ですが、少しは勉強もしています。どうか、チャンスを与えてください。
 七年の間に、所属長は三人代わった。
 どの所属長も、繰り返されるやりとりに、辟易とした表情を見せた。表むきは紳士だから、露骨にダメとか無理とか言わないけれど……。
「なかなか永井君に適した募集枠が出なくてね。一応研究センターの人事に頼んではあるんだよ」
 そう言うばかりで、全然動いてないのはわかっていた。動いていれば、必ず先方の人事から定期的に募集状況の連絡がくる。でも全然それらしい連絡はなかった。
 
 四年目に、肩書きだけは、秘書にあがった。そのときの所属長は、これで肩の荷がおりたという顔をした。
「永井君。 事務係から秘書になるというのは、出世だよ。やりがいのある仕事だ。永井君の情熱とスキルが活かせる。ぜひ頑張ってください」
 秘書になるのは出世……なのか。
 でも…… わたしは、出世がしたいわけじゃない。ロボットとかかわりあいたいのだ。営業所の中で座っていても、触れ合う機会はまったく無い。
 毎年、年初計画に書いているのに……。わたしの願いは、全然わかってもらえてない。

 秘書になり、変わったことといえば帰宅時間。
 事務係の時は、大体定時であがれていた。だから退社後は、コンピュータやロボットに関する社外講座に顔を出したり、専門学校に通ったりして備えていた。でも……
 秘書になったらいきなり、帰宅時間が十時になった。事務係の仕事はそのままに、部長の身の回りのお世話が増えた。おかげで仕事量は一気に倍増。
 専門学校はもう、卒業していたからいいけれど、社外講座には行けなくなった。独学する、時間も体力も残っていない。わたしにとって、秘書になったのサイテーだった。

 秘書の仕事を頑張れば、研究センターに行けるというわけでもない。
――もう、限界っ!
 ここにいても、わたしのやりたいことは全然出来ない。
 疲ればかりが、オリのように溜まっていく。泣きたかった。仕事に忙殺されて、退社後のおつきあいも疎遠になって、気がつけば、同じ営業所の女性社員とも疎遠になって、ランチのときに、形ばかりの会話をするだけ。
――わたしには、居場所もない

 夜遅く、ひとりっきりで残業をしていたときだった。机の上の書類の山を見つめていて、ふいに涙がこみあげてきた。
――どうして? どうして、こんなことになっちゃったの。
 わたしは、二十八になっていた。職種変更に挑むには、いい年齢(とし)だった。
 自分でもわかっていた。せいぜい三十歳が限界だ。残された時間は、あと一、二年。
 次の年初の面談で、部長が動いてくれないのなら……
――辞めよう

 手首で、濡れた頬を拭いた。洗面所に化粧をなおしに行こうとして、席を立つ。もう遅いから、自分の席の周辺以外、照明は落ちていて……。
 だから気づかなかった。物陰にいた人に。
 物陰からのびた手が、廊下に出ようとするわたしの腕をつかんだ。

「きゃっ」
 思わずみっともない悲鳴が出た。
 わたしの腕をつかんだ手。袖は、小洒落たピンストライプの紺色スーツ。手首には、金の文字盤の腕時計。ずいぶんと派手……。
 見上げた先にあったのは、伏木主任の顔だった。

「や……、やだ、びっくりした。伏木さん、いつからいたんですか」
「ああ、つい今しがたね」
 彼が、わたしの顔をのぞきこむ。わたしは思わず、顔を背けた。
「永井さん、残業?」
「はい」
「あとどれくらい?」
「三十分くらいであがれると思います」
「じゃ、一緒に飯(めし)、しない?」

 顔が優しそうに笑っている。そのうえに…… 
 タイミングよく、わたしのお腹がグーッと鳴った。
「はは、お腹が返事してくれたようだね。俺も出先から戻ってまだ食ってないんだ。つきあってよ」
「じゃ、お言葉に甘えまして」

 多分これが伏木主任――克也とのつきあいの始まりだった。
 派手なセンスで強引で、女にだらしないのが玉に傷。仕事の出来る独身貴族。
 すぐに彼は、課長になった。入社年次から見れば、かなり早い昇進で、彼は出世株だった。

 
 仕事を頑張って頑張って……。
 わたしはハツカネズミ。
 カゴの中にしつらえられた、車をくるくるまわしている。
 
 頑張って頑張って……。
 でも、この仕事に終わりはない。
 わたしはもう、車をまわしたいわけじゃない。

 事務係は、どんなに頑張っても事務係。
 このカゴを出て、自分のやりたいことをしたいのに。

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