自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-1-06

 忌々しさに、腹の底からため息が出た。でも、立っていても事態は変わらない。床に散らばったものを拾おうと屈んだとき、視界の隅を褐色の手がかすめた。

――な…… 何。
 褐色の手は、散らばった小物たちをかき集め、躊躇いなくショルダーバッグに放りこんだ。人形の顔が、詰め終わったショルダーバッグを差し出してきた。
 呆気にとられた。荷物を、当たり前のように女モノのバッグに放りこんだことがびっくりだった。普通、アカの他人の異性なら、散らばったものは拾うだけで、バッグまではいじらない。彼からショルダーバッグを受け取った。どういう神経しているんだろう。
「あ、ありがとう」言葉に詰まった。
「どういたしまして」
「行かなくていいの?」
「皆さんが入室するのを見届けてからと思いましたので」
 すでに渡邊さんも部屋に入っていて、通路はアドバイザーとわたしだけだ。扉を半分開けて、荷物を入れる。それから彼に頭を下げた。彼からもきれいなお辞儀が返ってくる。扉を閉めた。

――入室するのを見届けてから
 これは、一応気遣いかしら。無愛想で人形みたいなアドバイザー。確かに、面倒見も悪くはないのかもしれないけれど。わたしの重たいトランクも、持ってくれたわけだけれど。どこかズレてる。

 すっきりしない気持ちを抱いたまま、カードキーを扉の脇のホルダーに差した。照明がつく。室内の様子に、目を見張った。
 研修期間中だけの一時滞在者に割り当てられる部屋だから、狭い仮眠室みたいなものを予想していた。でも、目の前に現われたのは、わたしの安マンションの部屋よりも、立派な部屋だ。
 入口から入ると、右手にトイレと洗面室。それからバスルームが並んでいる。ちゃんとトイレとバスルームが別々になっているところがいい。
 奥はリビング兼ベッドルーム。大きな窓は、開放感がある。ベッドは入り口から直接見えない右側。セミダブルの大きなものが、でーんとしつらえられている。クローゼットを開ける。これもかなり大きい。わが家のタンスひとつ分、丸々入ってしまいそう。
 キッチンと言えるほどのものではないけれど、小さなシンクとレンジもついていて、お茶くらいなら十分沸かせる。さすが、ゆかりが「結構設備、いいらしい」と言っていただけはある。

 ジャルスって、結構おカネ持ちだったんだ。こんなにいい設備持ってるなんて。雑居ビルの一角にある営業所だけを見てきた身には、驚きだ。
 単純なもので、機嫌は一気に回復した。荷物をリビングの端に置くと、いい年齢(とし)をして、ベッドの上に思いっきりダイブ。ポフンッと布団に沈みこむ。貯め込んでいた疲れもイライラも、スルスルと溶けていく。清潔なリネンの香りが心地いい。大の字になったまま、右手でポフポフ布団をたたいた。
 ふっふっふ…… 。
 自然と笑いがこみあげてくる。
 気に入った。下手なホテルより、全然いいっ!
 これなら三ヶ月間、快適な暮らしが出来そうよ。

 荷物を解いてシャワーを浴びて、サッパリしてから外に出た。5時半。カフェテリアの前に着いた。ここもやっぱり大きくて、多分席は二百席くらい。まわりは三方すべてがガラス張り。白いテーブルが、明るいミントグリーンのジュータンの上に並んでいる。椅子も白い籐製だ。あちこちに、大鉢の観葉植物が置かれていて、気持ちのいい空間を作っている。

 すぐにゆかりもやってきて、無事落ちあった。わたしたちの第一声は、やっぱり「部屋、素敵だったね~」というせりふ。どこがよかった、そこがよかったと、もうそれだけで盛り上がる。さっそく、出入り口近くの席に腰をおろした。ここならば、通路を行きかう人々が、よく見える。

「ところで、質問。希(のぞみ)って、環(たまき)君みたいなのが、好みなの?」
「はぁ? ご冗談! 何、その質問」
「あら、だって自己紹介のとき、かぶりつくように見てたじゃない。わたしが袖引っ張ってあげなかったら、あなた絶対その後もずーっと立ちっぱなしで見てたわよ。もう、傍から見てるとあまりの大胆さにびっくりよ」
「ち、ちょっとね。営業所では見ないタイプだったから」確かに、あの時は呆けていた。挙動不審の自覚はある。「でも、好きとか、そーいうんじやないのよ。それより彼『噂にたがわぬ有名人』って何? さっき言ってたでしょ」
 さりげなく矛先をそらす。あぁ、あの話ね、とゆかりは素直にノってきた。

「彼ね。このセンターでは結構知られた存在なのよ。一部の人の間では『能面の貴公子』なんて呼ばれてるみたい。わたしも実物を間近で見たのは初めてだったから、なるほどなぁ~って思ったの」
「へぇ。能面の貴公子。たしかにあの徹底した無表情はお面みたいだし、うまいこと言うじゃない。で、貴公子ってのはやっぱり、あの仕草から?」
「それもあるけど、希(のぞみ)、覚えてる? 彼、自己紹介のとき、須藤姓が二人いるから名前で呼んでって言ってたでしょ。もう一人の須藤姓は須藤専務。ここのセンター長よ。でもって彼のお父さん」
「だから『貴公子』? でもジャルスは親族経営じゃないし、関係ないじゃない」
「そうね。でも重役の息子っていうステータスは、やっぱり独身女性のハートに訴えるものがあるみたいよ。それに噂では彼自身も優秀らしいし」
「ふうん。でも『能面』で愛想なしじゃ、どうかしらね?」わたしなら、絶対にお断りだ。
「希(のぞみ)は、あんまりそういうの、興味ないんだ」
「ない。まったくない」
「一応、ファンクラブみたいなのも、あるみたいよ」
「バッカバカしい!」
「そう言うわりには、かぶりついてたくせに」
「そういう意味じゃないんだって! ただ、あんまりにも無愛想なんで、目に付いちゃったのっ! 珍しすぎて、珍獣見るのと同じ」
「珍獣! そこまで言う。すごいわね」
 ぷんっとむくれてみせると、あ……とゆかりが言葉を切った。
「やだ。ごめん、そーいえば希(のぞみ)、彼氏いるって言ってたのよね」
「ん……うん」
 うわ。おかしな方に話がきた。
「じゃ、浮気なんかしてちゃダメじゃない。最近、彼氏とはどうなの?」
「ちょっと。勘弁してよ」
「いいじゃない。週末はお泊まりに来てるとか言ってなかったっけ? ぼちぼちコトブキとかいう話はないの」
「ないっ」さすがに楽しい話題じゃない。渋々答えた。「つい最近……別れた」
 途端、ゆかりの、顔つきが変わった。
「希(のぞみ)。よかったら話……、聞くわよ?」
「いいって、いいって。もう、この話はおしまいっ」
 かき消すように手を振ったけれど、ゆかりの目が真剣だ。
 困ったな。ちょっと、逃がしてくれなさそうだ。

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