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コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-1-09

 四人でカフェテリアの奥へ向かった。会場へ向かう人たちが、ぽつぽつといる。何人かが、広瀬さんと挨拶を交わした。ああ、これがウチに来る新人ね、と品定めするように、わたし達を見る人もいる。皆、広瀬研究室・広研(こうけん)の人たちに違いない。
「あの」
 声をかけると、広瀬さんが振り返った。
「アドバイザーに須藤さんを選んだのって、広瀬さんですか」
「環(たまき)? そうね、最終的に任命したのはわたしだわ」
 やっぱり、広瀬さんの任命なんだ。
「何か困ることでもあった?」
「いえ、ただ真面目人だな、と思って」
「真面目?」
「え……あの、冗談とか言わないし、真面目な顔しかしないし」
 広瀬さんの眉があがり、次の瞬間に大笑いされた。
「あははっ、いいのよ。永井さん正直に言って。真面目じゃなくて、無愛想って言いたかったんでしょ。あっはっは……。やだ、笑いが止まらない」
 ひとしきり笑ってから、広瀬さんはわたしたちに向き直った。

「そうね。彼を初めて見る人は、気になるか。佐々木さんはセンター内の異動だから、知っているわよね。彼がちょっと変わった人間だって」
「はい……って言っていいのかしら。まぁ、お噂はかねがね」
 広瀬さんに向かって、さすがに「能面の貴公子」だなんて話はできないらしい。ゆかりは、ビミョーな答え方をした。
「いいのよ。みんな知ってることだわ。本人も気にしちゃいないから」
 広瀬さんは、ゆかりをなだめて続けた。
「ああ見えても、仕事は出来るわよ。あなたたちが受ける研修内容も熟知しているから、お勉強のサポートも問題はない。ただねぇ……」

 思わせぶりな言い方だった。
「ちょっと、いろいろあって。感情表現が上手くできないのよ」
 何かが、わたしの中で点滅した。
――いろいろあって、感情表現が上手くできない。
 広瀬さんを見上げた。
「ま、変なことにはならないと思うから。少なくともコイツよりは、大人しくて人畜無害のはずね」
 彼女の手が、渡邊さんの背中を勢いよくたたいた。
「ひでぇな、俺ほど有益な生き物はいねぇぞ」
「さぁ、どうかしらね~?」
 広瀬さんと渡邊さんの漫才のようなやり取りに、一瞬閃いた何かは消えてしまった。あの無愛想アドバイザーに、ずっと感じていた何か。
 まぁ、いっか、とモヤモヤした思いは振り払った。きっとまた、閃くときもあるはずだ。
「さあ、あなたたちの歓迎会よ。行きましょう」
 すでに二十人近くが集まっている一角に、わたし達は乗り込んだ。
 
「乾杯っ」
「カンパーイ」
 新人三人、個々に自己紹介をしたあとは、早速 広研(こうけん)の先輩諸氏に囲まれて、質問攻めの洗礼を受けた。
「永井さんって若いよね。失礼だけどおいくつ?」
 額がテカテカと輝いている先輩氏が、ビール瓶片手にすり寄って来た。いきなり女性に年齢(とし)を聞くか、と憤慨しつつ、笑顔で答える。
「二十九です。今年、誕生日がきたら三十になります」
「いやぁ、若いねー」
――えっ、二十九って若いんだ?
 思わず周囲を見回した。ゆかりとわたし以外で二十代に見えるのは、あの無愛想君しかいなさそうだ。さすが、研究室。結構年齢層が高い。わたしでも、「若いお嬢さん」扱いなんだ。

「やっぱり、彼氏いるよね?」
――あぁ、お約束の質問が来た。悪いけど、色恋沙汰はご遠慮したい。
「はい、前の部署に」――別れちゃったけどね。
「彼女はどうかな」
 今度は、ゆかりの方を見ながらわたしに聞いてきた。
「さぁ、彼女もモテると思いますよ。ご自分で聞いてみてはいかがですか?」
 こんな質問、人に聞くな、と思いつつ、やっぱり営業スマイルで答える。入れ替わりにやってきた色白メガネの先輩氏も、似たような質問を投げてきた。彼にも同じ対応を繰り返す。そんなことを続けているうちに、最初は興味津々だった先輩たちも、「その手」の質問はしなくなってきた。
 永井さんって彼氏いるんだって。ザンネーン……なんて、セリフが聞こえてくる。
 その気がないなら、早いうちに予防線を張っちゃうのもマナーだと思う。そう。わたしは学んだもの。二度と克也とのようには、なりたくない。人を傷つけるのも傷つくのも、もうたくさん。

 質問攻めがひと段落ついたところで、周囲をあらためて見回した。年齢層は、三十代を中心に何人かは多分四十代。ほとんどが男性。女性は、広瀬さんともうひとり、既婚の枝野さんという方だけのようだ。営業所のように、事務係とか秘書に位置する女性がいない。アルバイトらしき人も見当たらない。
 ジャルスの研究職ともなると、エリートと呼ばれる人種なのだろうけれど、こうして見ると、ごく普通のおじさまやお兄様たちだ。みんな気さく。外回りがないぶん、営業所より服装もラフだ。ネクタイなんて、していない人のほうが多い。思ったより、堅い雰囲気はなくて、安心した。

「こんにちわ」
 他のテーブルから、ワイングラスを片手に笑顔を湛えてきたのは枝野さんだ。
「永井さんは、本配属も引き続き広研(こうけん)を希望してくれているのよね。嬉しいわ、女性が増えて。仲良くやりましょうね」
 差し出してきた手の、ベージュのネイルが上品だ。同じ女性でも、華やかで「動」のイメージがある広瀬さんに対して、落ち着いた「静」の枝野さん。雰囲気は正反対。でも、彼女は広研(こうけん)の「ナンバー2」なのだそうで、ここはどうやら女性が強い部署らしい。

「実習の話は、もう聞いたのかしら」
「いえ、ゴールデンウィークの前後って聞いてますけど。先方の都合もあるから、日程は確定していないそうです。詳細な内容はまだ聞いていません。実習って、何をやるんですか」
 わたしの隣の席に座っていた先輩氏が、枝野さんに席を空けた。彼女は腰を下ろすと、う~ん、と考える顔になった。
「ロボットを使ったモデル事業の見学かな。あと、少し現場のお手伝いをさせてもらえるかも。毎回、その時のアドバイザーがプログラムを組むから、アドバイザー次第だけどね」
 アドバイザー、ということとはあの無愛想君。プログラムは、彼が組むんだ。
「あなた達は……環(たまき)君だったわね。いいんじゃないかしら。彼、現場には強いから、面白い実習になると思うわよ」

――現場に強い? あの無愛想ヅラが?
 枝野さんが席を立ったあと、さりげなく何人か他の先輩氏にも話をふってみた。
「アドバイザー、須藤環(たまき)さんなんです。彼、どんな人かしら」
 反応は、ふたつに分かれた。好意的な意見と否定的な意見。
「あぁ、環(たまき)ね。あいつはデキるよ。何と言っても仕事が丁寧でね。彼なら、聞けば何でもイヤがらずに教えてくれるから、いろいろ教わるといい」
 とは前者。好意的な人たち。
 でも一方で、
「人との付き合いが出来ないんだよね。空気読まないし、融通も利かない。君たちも苦労するなぁ」
「御曹司のエリート君だからねぇ。謙虚って言葉を知らないらしい。やりにくい男だな」
 と否定的に言う人もいる。
 なんだか、後者の意見は若干「負」の感情が感じられないでもないんだけれど。まぁ、何となくわかる。部署で一番年下で、あの無愛想さとくれば、反感をかうのも無理はない。

――で、その無愛想君は今、何をやっているわけ?
 会場を見渡すと、厨房からカフェテリアのスタッフと共に、料理とお酒を運ぶ姿が目に入った。なるほど、一番下っ端の男は、使い走りが相場ってことだ。

 やっぱり無表情な人形の顔。宴会なのに、ニコリともしない。全然楽しそうに見えない。一人だけ浮いている――
 箸を置いた。わたしを囲む輪も、崩れてきている。新人なんだから、そろそろわたしもお酌にまわろう。今日からは、一番の下っ端は研修生のわたし達だ。すでに渡邊さんは、頭にネクタイしめて、酒瓶持って飛びまわっている。絵に描いたような宴会おじさんだ。無愛想君とは正反対。あちこちで盛り上げて、歓声をあげさせている。

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