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コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-1-13

 パックにフルーツやお惣菜を詰めているうちに、あまり食べていなかったこと気づいた。歓迎される側だったから、前半は質問攻めにあっていたし、後半はセクハラ騒ぎのせいで食べる気持ちがおきなかった。今更になって、空腹を感じる。そういえば、ゆかりもあまり食べていなかった。彼女は、渡邊さんみたいにテーブルをあちこち飛び回ってはいなかったけれど、自分のついたテーブルで早くからお酌モードに入っていた。

「ねぇ、この後どうする?」ゆかりに聞いた。
「ん~、コレ、食べちゃわないとね。部屋で二次会しちゃう?」
 ゆかりが、詰めたパックを目の前に掲げた。ふと、センターに来る時、バスから見た桜を思いだした。すでに満開だったから、二、三日中には散ってしまう。
「せっかくだから、花見にしない?」
 センターの敷地内にも、何本か咲いていた。
「もう、遅いわよ。寮までの道の途中にも、確か咲いてたし。道すがら眺めるだけにして、今日は部屋でやりましょうよ。わたしの部屋でもいいし、希(のぞみ)の部屋でもいいし」
 確かに遅い。既に九時をまわっている。残念だけれど、あきらめた方がいいのかも。
 気の回るアドバイザーが、ビニールの手提げ袋と割り箸を持ってきてくれた。パックを手提げ袋に詰めて、三人で、連れだってカフェテリアを出た。
 
 半地下のカフェテリアから、一階ロビーへと階段をあがる。総合受付がある一号館とは違い、二号館は社内の人間しか入ってこない事務棟だ。ロビーとはいっても受付などない。社員同士が待ち合わせるための椅子と自販機だけがある。すでに照明は絞られていて、人感センサーが検知したエリアだけ、照明がオンになる。それ以外のエリアは暗い。まだ上のフロアーでは働いている人もいるのだろうけれど、ここは静まり返っている。人工大理石の床に当たる、ヒールの音がやけに響く。

 突然、脇から伸びる暗い通路の奥で、照明がついた。
――誰かいる。
 立っていたのは、渡邊さんだった。彼の背後、カツカツと高い足音が逃げるように消えた。
「おや。今、あがり? 遅かったねぇ」
 渡邊さんの口調は、ノンビリしていた。
「遅かったね、じゃないですよ。わたしたち、後かたづけしてたんですから」
 ゆかりが、言葉ほどには怒っていない調子で抗議すると、渡邊さんは「いやぁ、わりぃ、わりぃ」と頭を掻き、「二次会しないか? あんま食えてないだろ。俺の部屋に来いよ。いい酒持ってきてるからさ」と合流した。
「環(たまき)君は、時間大丈夫か」
「はい」
「決まりだ。四人で一杯やろう」
 このまま、渡邊さんの部屋に行くことになった。

 寮に向かう。自然を多く残した敷地内は、しっとりとしたオゾンの匂いで満ちている。まるで、高原を歩いているような気持ちになる。街中からは隔絶された異世界だ。
 街灯がほどよい間隔で立っているから、足元に不安はない。風がある。酔った頬に当たって気持ちがいい。
 ゆかりと渡邊さんが、賑やかに前を行く。わたしの傍らを物静かに歩いているのは、背が高い人だ。チビなわたしの視線は、ちょうど彼の胸あたりになる。見上げると、彼も振り向く。視線が合う。相変わらず、表情のない顔。でも、もうイヤではない。
「どうしましたか」
「あ……、痛くないかなと思って」
 彼の頬を指さした。
「平気です」
「わたしのせいよね。ごめんなさい」

 彼は、わたしから視線を逸らし、前を向いた。
「永井さんのせいではありません。気にしなくていいことです」
「……でも」
「お役に立てたのなら、光栄です」
 抑揚のない声が、闇に溶けた。不意に、闇の上空で風がゴウっと鳴った。
 寮はもう、目の前だった。道の周囲の木立がしなった。風が強くなってきている。追い立てられるようにして、寮に駆けこんだ。
 
「さ、入って入って」
 渡邊さんの手招きで、ぞろぞろと彼の部屋に入った。
「いやぁ、初日の晩から、素敵なお姉ちゃんが二人も部屋に来てくれるなんて。幸先(さいさき)いいねぇ」
 お姉ちゃんって言い方はないでしょ、と睨みつつ、奥の部屋へ入った。ベッドの脇にダンボール箱が口を開けていた。シワになったベッドカバーには、スポーツ新聞とタブレット端末が転がっている。整髪料の匂いが鼻をかすめた。まごうことなく「おじさん」の部屋だ。
 渡邊さんは、備え付けの小さな冷蔵庫から、冷やしたグラスと氷を取り出した。あきれるほどの準備のよさ。
「よく氷なんて手に入りましたね」
「ん? ああ、コレね。一階の自販機にあったから、宴会に行く前、買っといた」
 二次会、最初からやる気満々だったわけか。
 備え付けの椅子がひとつしかないから、ゆかりとわたしは、いったん部屋に椅子を取りに行った。その間に、残り物のお惣菜パックはテーブルの上に広げられていて、戻ったときにはセッティングは完了していた。渡邊さんはベッドの上に胡坐(あぐら)をかき、残り三人が椅子に座る。

「いやぁ、お疲れさん。あらためて乾杯しよう」
「カンパーイっ」
 四つのグラスが重なった。今日、何度目かの乾杯。
「ところでさ、環(たまき)君っていくつよ?」
 渡邊さんの問いに、彼は少し考えるような仕草をしてから、二十七と答えた。
 男のクセに、何で年齢を答えるのに戸惑うかな。それにしても若い。二歳年下。
「ってぇことは……」渡邊さんが指を一本ずつ折り曲げた。「まいった、環(たまき)君は、俺が中学三年の時に生まれたってことだ。いやぁ、俺も年齢(とし)くった」
「わたし達よりも若いですよ。アドバイザーが一番若いなんて、珍しいんじゃないかしら?」
 ゆかりの言葉に、すかさず渡邊さんが「へぇ~」と返した。

「年下は、いけないのでしょうか」
 全員が、アドバイザーに振り向く。渡邊さんが笑った。
「そういうつもりで聞いたんじゃないよ。単なる好奇心だ」
「そうですか」
「年齢は関係ない。君はアドバイザーなんだ。遠慮なくビシビシ言ってくれていい。俺達も信頼しているから。な?」
 渡邊さんに促され、ゆかりとわたしも「頼りにしている」、「よろしく」と口々に言うと、アドバイザーはうなずいた。
「ところで、須藤という苗字だけど、君は、身内が社内にいるのかな」
「はい」
「須藤専務か」
「はい。父です」
 アドバイザーの答えに、渡邊さんは呆気にとられたような顔になった。

「驚いたな。彼にご子息がいるとは知らなかった」
「……僕は、養子です」
 事情通のゆかりを見ると、彼女は肯定のうなずきを返してきた。
 それにしても、子会社にいたという渡邊さんが、親会社の社長ならまだしも専務をなぜ知っているんだろう。
「渡邊さん、専務をご存知なんですか?」
「知っているよ。直接会ったことはないけどね。いやぁ、彼のご子息が俺のアドバイザー。こりゃ奇遇だね。驚いた」
 気さくなおじさんのはずの渡邊さんの口元が、一瞬歪んだ。
「環(たまき)君。君、見張り役なのかな」
「見張り役とは、どういう意味でしょうか」
 渡邊さんが頭を振った。「いや。わからないならいい」
「何ですかぁ? 思わせぶりな会話して」
 ゆかりの突っ込みに、渡邊さんはいつもの気さくな笑顔に戻った。
「そうだな、君達には話しとこうか。俺がジャルスに来た理由」
 手にしていたグラスを、渡邊さんはテーブルに置いた。

「ゆかりちゃんと希(のぞみ)ちゃんは、宴会の前に順子から少し聞いたよな。俺には、兄貴がいたんだ。順子とつきあっていた」
 広瀬さんの婚約者だったというお兄さんだ。
「ジャルスの社員だった。この研究センターに勤めていた」
「広瀬さんとは、同僚だったんですね」
 ゆかりの相槌に、そうだな、と渡邊さんは答えた。
「順子と兄貴は、十年近くつきあってたって聞いている。でも、そろそろ一緒になるかって頃、兄貴はクタバっちまったんだ。ちょうど五年前になる」
 おじさんな顔が、天井をみつめて長いため息をついた。

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