自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-1-15

「葬式のときの芳名帳や香典袋をチェックして、兄貴の同僚を何人かみつけた。話を聞いたんだ。兄貴の仕事とか交友関係。仕事については、いくら実弟とはいえ社外の人間の俺にはやっぱり話せないんだろうな。収穫はゼロ。でも交友関係で意外な発見があった。兄貴、順子との交際は隠していた」

 ゆかりが、怪訝な顔になった。「婚約指輪まで用意していた仲ですよね」
「まぁ、社内恋愛だと、婚約を報告するギリギリまで伏せるってのはアリだろうから、それはいいんだ。職場に隠していたのなら、デートの場所に工事中の展望台を選ぶのもおかしくないなって思ったわけよ」
「あっ。つまり、事故当時は広瀬さんが一緒だった。だから彼女はすべてを知っている。そう言いたいんですね」
 ゆかりと渡邊さん、二人で話は進んでいく。

――なんだか、ヤだ。
 突然、そう思った。この話題、いい感じがしない。亡くなった人の話だからとかじゃなく……。

「そう、そう。こっそりと付き合っている恋人と公園の展望台でデート。ありがちなシチュエーションだ。葬式に彼女が来なかったのも、当日現場にいたせいで警察に取り調べを受けていたんだとすれば納得がいく」
 取調べ? と、ゆかりが眉間を狭くした。
「いや、いや。順子が兄貴をどうこうしたとかは、まったく思ってないのよ。ただ、当日一緒にいた可能性が高いのは順子。情況を一番知っているのも彼女だって思ってるだけ」
 渡邊さんは、慌ててゆかりに弁解した。

「遺族ってさ、実は意外と事故の現場状況、知らないのよ。たとえば殺人事件とかで容疑者がいて起訴でもされれば、公判を傍聴することで詳細を知ることができる。でも、兄貴のケースのように事故でしたー、で終わっちゃったケースだと本当に何も知らされない。警察が誰を調べたかは、個人情報だからって非開示なんだ。だから、兄貴が展望台で誰かと一緒にいたとしても、兄貴の死因に直接からまないと知ることはできない。遺族は『事故死』という結果だけをポーンと渡されておしまいなんだ」

 話に夢中な二人を横目に、胸の中でどんどん膨れ上がるイヤな気持ちを持て余していた。
 渡邊さんと広瀬さんが、単なる知人以上の関係にあるのはわかった。彼が、それなりに強い思いを抱えてココに来たのもわかった。でも、それは八年かけて異動してきたゆかりやわたしにも言えることだ。皆それぞれに、強い思いや事情はある。だからといって、それを軽々しく他人に開示したりはしない。ましてや、自分以外の人のプライバシーに関わることまで。

「兄貴が順子と交際していたのは、前から聞いていた。でも、俺が実際に会ったのは、兄貴の死後が初めてなんだ。親父から、毎月、月命日に近い週末には必ず花を持ってきてくれてるって聞いたから、実物を拝んでやろうと実家で待ち伏せたのよ」
 渡邊さんは、懐かしいアルバムをめくるような遠い目をした。
「いや、彼女を見てまず最初に思ったね。俺、兄貴とおんなじDNA持ってんだなぁ~って。あーいうオンナに弱いDNA。順子、俺好みのオンナでびっくりした」

 渡邊さんのおどけた身振り手振りに、ゆかりが笑う。わたしは、静かに聞くフリをする。話題がイヤでも、初日からカドはたてたくない。
「しかも彼女、うまぁ~く家に馴染んでんのよ。三十年以上前にお袋と一緒に家を出た俺なんかより、ずっと家族。親父ももう、自分の娘のように順子ちゃん、順子ちゃんってデレデレしやがって。順子が来る日は、あの辛党の親父がケーキ用意してんだから恐れ入ったね。いつの間にか月命日には、堤の家で親父と順子と俺の三人で飯(めし)するのが恒例になっちゃってさ。それがもう五年、今でも続いてる」
「五年。すごいですね」
「まったくだ」渡邊さんは、しゃべり続けの喉を潤すように、グラスを取った。
「お食事会を始めて三回目くらいだったかな。ストレートに聞いたんだ。あの日、兄貴と一緒にいませんでしたかって」

 ゆかりと渡邊さんのやりとりを聞き流しながら、やはり会話に加わらない隣の男のグラスを取った。氷を入れて、渡邊さん差し入れの、いかにも高そうなウィスキーを注ぐ。ウワバミのアドバイザーは、会釈を返すと口をつけた。
――彼は、この話題をどう感じているんだろう。
 広瀬さんは、彼の上司だ。ここまであけすけにプライベートを聞かされて、いい気持ちはしないと思う。

「もちろん、順子は一緒じゃなかったと答えた。じゃあ、なんで指輪を戻したんですか、それもこっそりとって聞いた」
「え~、聞いちゃったんですかぁ。渡邊さん、大胆」
 ゆかりのはしゃぐような言い方に、胸の中のモヤモヤが大きくなった。
「聞いた。ズバーンと聞いた。順子、さすがに青くなってた。でも、口がたつオンナだからなぁ。こんな高価なもの、いただけない、とか、仏壇にいる啓司さんに預かってもらってるのよ、とかうまいこと言うんだよ。で、直接攻めるのはやめた。おじさん、オンナには弱いから」

「この話題、もうやめませんか」
 堪りかねて、言ってしまった。
「この話って、渡邊さんや亡くなった堤さんだけじゃなく、広瀬さんのプライバシーにも関わってますよね」
 わたしの語調がきつかったせいか、ゆかりも渡邊さんも、表情を強張らせた。でも、どうしても言わずにはいられなかった。
「誰だって、人に聞かれたくないことの一つや二つ、あります。渡邊さんご自身は遺族ですから広瀬さんにいろいろ聞きたい気持ちがあるのはわかります。でも、そういう話題を関係の無いわたし達にまでするのは、どうなんでしょう」
 言い切ってから、気まずくなって頭を下げた。「ごめんなさい。せっかく渡邊さんにとっては大切なこと、話してくれているのに。でも、今ここにはいない広瀬さんの気持ちを思うと、聞いているのが辛いんです」

「希(のぞみ)、ごめん」
 決まり悪そうに謝ったのはゆかりだ。「わたし、ちょっとはしゃぎ過ぎた」
 渡邊さんも、済まなそうに肩を落とした。「悪かった。俺も、ようやくジャルスに来れて嬉しくてさ。気負って調子に乗りすぎた」
「いえ。わたしそ、水をさしちゃってすみません」
「でも、あと少しだけ言わせてもらっていいかな。俺がここに来た理由」
 うなずくと、渡邊さんは言葉を選ぶようにして続けた。

「兄貴の死に至る過程に、納得がいかなかった。でも、順子以外に手がかりはほとんどなかった。順子は口を噤んでいる。なら、せめて兄貴の生前の足跡を辿りたいと思ってココに来た。ガキの頃に離れて、以来別々に暮らした兄貴だけど、いつも俺のことを見ていてくれた。だから、今度は俺が兄貴を見てやりたい」
 渡邊さんは、キッと顔をあげた。

「今更誰かを責めるつもりはない。ただ知りたいだけなんだ。足跡を辿るため、俺はきっと社内のあちこちで、いろんなことを聞いて回る。そのために転籍してきた。研修期間中、一番身近にいる君達には、それを不審に思われたくない。無理強いはしないけど、君達に協力を頼むこともあるかもしれない。だから知っといてほしかった」
「わかりました」
 わたしが答えると、ゆかりもうなずく。能面の人は、うなずく代わりのように、瞼を伏せた。

 沈んだ空気を振り払うように、ゆかりが挙手した。
「じゃ、わたしも少しだけ暴露しちゃいマース。実は、つい最近婚約しました~」
 おおっ、と渡邊さんが歓声をあげた。職場には、本配属が決まるまで伏せておくと言っていたのに。きっと、明るい話題だから、今の空気を変えるには丁度いい、という彼女なりのサービスだ。学生時代からつきあってきた彼との経緯を、惜しげもなく披露した。

「おめでとう。今が一番幸せなときだな」
「あら。渡邊さん、失礼ですよ。わたし、これからもっともっと幸せになるつもりなんですから」
 胸を張ってみせるゆかりが可愛い。
「おおっ、自信満々だな。それにしても、もう長い付き合いなんだろ。飽きないんだ」
「そうですね。すっごい情熱的な気持ちっていうのは、無いんですけど。お互いに一緒にいて安心感があるし、一緒にいるのが当たり前になってるんです」
 お酒のせいか、それとも照れているのか。ゆかりの頬が染まっている。突然、彼女は指をアドバイザーの鼻先に突きつけた。

「質問ですっ。環(たまき)君は、彼女とかいないんですか?」
 どうやら、恋愛ネタを続けたいらしい。矛先をわたしに向けなかったのは、つい最近克也と別れたわたしへの温情に違いない。
「アドバイザー、答えてくださーい。モテるんでしょう? わたしがいた部署でも、後輩の女の子達、結構噂してたんですよ。わたし、アドバイザーが環(たまき)君だって言ったら、すっごい羨ましがられたんだから」
 ゆかり、自分だけ彼氏のことをしゃべって、やっぱり照れくさかったんだ。攻め方に容赦がない。

「彼女とは、向き合ってくれるパートナーのことでしょうか」
 生真面目に返してきたアドバイザーに、聞いたゆかりが一瞬怯んだ。
「ま、まぁ、そうだけど」
「残念ながら、いません」
 思わず、隣に座る男の褐色の顔を見た。
 彼女がいないということよりも、残念だと言ったことが意外だった。感情の欠片もなかなか見せないこの男が、オンナがいないことを残念に思ってるなんて、信じられない。
「君の場合、特定の彼女は作らないけど、ガールフレンドはいっぱいいるってヤツなんだろ」
 渡邊さんが、ニヤニヤと攻め込んだ。
「プライベートにおつきあいしている女性は、いません」
 アドバイザーが、素っ気なく返す。

「ふぅ~ん。そっかぁ。環(たまき)君は現在、決まった彼女はいません。でもって、それを残念だと思ってます」念を押すようにゆかりは言うと、スックと立ち上がり、いきなりわたしの肩を掴んだ。
「じゃ、彼女なんかどう?」
「ええっ! ちょっと、何すんのよ、ゆかりっ!」
 ゆかりの手が、グイグイとわたしを隣の男のほうへと押し出した。

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