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コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-1-16

「ゆかりっ! 何するのよっ。この酔っ払いっ!」
 オトコと別れたばかりのわたしに、気遣ってくれるんじゃなかったの? 信じられない!
「いいねえ、希(のぞみ)ちゃん。今日、ずーっと環(たまき)君のこと見てたもんな。結構タイプなんだろ」
 渡邊さんまで!  確かに見てたけど……見てた理由、全然違うしっ。
 耳タブが熱くなってきた。冗談じゃない。本当に誤解されちゃう。耳を押さえて、アドバイザーの顔色を、窺う。
 相変わらず、表情の乏しい顔。でも……大きな瞳がわたしを見ている。やだ。目が離せない。
「あらぁっ、希(のぞみ)のほうが先に態度で答えてるっ!」
 ゆかりに小突かれて、我にかえった。
「ち……がーうっ!」

 アドバイザーが口を開いた。
「さきほどの歓迎会で、永井さんは前の部署に彼氏がいるとお話していました。僕がおつきあいするわけには、いかないと思います」
 これは、助け舟なんだろうか。彼は、わたしから視線を外すと、何事もなかったかのように、グラスを取った。
 ゆかりは、あきれたようにわたしを見ると、肩を竦めて席に戻った。

 ああ、そうか、と思い出した。宴会の前、彼女は言っていた。
――次の出会いがあったら、応援するから。
「ゆかり。シアワセのおすそわけは、当面ケーキだけでいいって言わなかったっけ?」
「あら、そうだったかしら」ゆかりは、明後日の方を向いている。
「そっかぁ、環(たまき)君、残念だったねぇ。希(のぞみ)ちゃん、売約済みか。お似合いだと思ったんだけどな」
 渡邊さんまで、余計なお世話だ。もうっ。強引に話題を変えちゃおう。

「ところで渡邊さん、本配属は監査部の予定だって言ってましたよね。どうして監査部なんですか? 営業をされてたんですよね」
「ああ。この会社を見渡すには、監査部あたりがいいだろうと思ったからね」
「何か監査に関する資格とか、持ってるんですか?」
「いや。資格とかはない」
「それでよく、親会社の監査部なんて希望、とおりましたね」
 秘書が研究センターのスタッフをめざす以上に、ハードルは高そうに見える。
「おっ、希(のぞみ)ちゃん。いい質問だ。おじさんはねー、苦労したのよ。監査部に潜り込むの」
 よし、聞かせてやろうか、と渡邊さんは両袖をたくしあげた。

「ジャルスの子会社に入るまで、いろんな仕事を転々としてきたんだけどさ。その中でも、借金の取り立てを長くやってたのよ。借金のあったヤツらは、取り立てくらってました、だなんて知られたくないよな。つまり、俺に疚しい過去を握られてるってわけだ。その情報を、自分の利益のために少~しだけ利用しました」
「もしかして、その中にはジャルスの関係者が、いたりします?」
「まぁ、そんなとこかな」
「あーっ、ズルじゃないですか! 裏口入社だ」
「まぁまぁ、こういうのも、実力のうちってね」
 あっきれた。でも、確かにこれも「実力」なのかも。

「借金取りって、何か大変そうなお仕事ですよね。恐いこととか、なかったんですか」
 ゆかりも、興味をもったらしい。
「そうだね、じゃその頃の話を一発」
 話題はすっかり切り替わった。

「俺さ、借金の取立て、結構うまかったのよ。取立てにあうヤツっていうのは、大抵いくつもの会社からカネをひっぱってるからさ。ご同業の取立て屋同士で、よくカチあうんだよね。借りてるヤツは 当然すべての借金を返せる体力なんか無い。絶対どこかが取りっぱぐれるってわけだ」
「わぁ、大変」
 ゆかりは、渡邊さんのグラスを取ると、水割りを作りながら、調子のいい合いの手を入れ始めた。
「俺は、ほぼ全勝。でも、いつも俺に負けてるヤツらに恨みを買っちゃってねー。恨むんなら、カネを返さないヤツを恨めってーの」
「うふふっ、それは、そうですよね」

「ある日、いつも俺にしてやられてたヤツらが、家に押しかけてきたわけよ。どう調べたんだかわからないけどさ、恨みはらします~って顔で。まぁ、ケンカは慣れてっから、迎え討ってもいいやっと思ってたんだけど、玄関の隣の部屋のブラインド窓からのぞき見ると、こいつがヤバいもん持ってたわけよ」
「ヤバいもの?」
「拳銃。懐に呑んでんのがチラリと見えた。かなりヤバイ。逃げても背中から撃たれちゃったら、終わりだからね。で、隠れることにした。どこに隠れたと思う?」
「押入れの中とか」
「ハズレ。ゆかりちゃん、それじゃ、すぐみつかっちゃうよ。希(のぞみ)ちゃんはどこだと思う?」
「屋根裏ですか」
「ハズレ。マンションだったから、屋根裏は無い。環(たまき)君は、どこだったと思う?」
「ベランダから、隣か下へ逃げたのではありませんか」
「残念ながら、ハズレ。窓なんか開けたら音でバレて、隣近所の迷惑になる」
「えー、じゃあ、どこなんですか?」ゆかりが焦れた。

「正解は台所の床下収納庫。蓋(ふた)の上にキッチンカーペットを敷いていたから、蓋をカーペットごと斜めに開けて、潜り込んで閉めた。カーペットを乗せたまま蓋が閉まると、収納庫があること自体わからないわけよ。でも、これでエラい目に遭っちゃってさぁ」

 渡邊さんは、ゆかりからグラスをサンキュ、と受け取り、話を続けた。
「この蓋、とんでもなくてね。閉めちゃうと、何と内側からは開かない構造になってたんだ」

――内側からは、開かない。
 聞いた途端、身体がきゅうっと萎縮した。ヒンヤリと、冷たいものが臓腑を包む。気持ちが悪い。

「しかも狭くてね~。身動きもとれないわけよ。しまった、と思ったけれど、どうしようもない。そうこうしているうちに玄関の鍵を壊す音がしてさ。家の中に入ってくる様子がわかるんだ。頭上をドカドカと歩き回る足音がして。こいつら、絶対靴履いたまま上がってきただろうって思うと、怖い反面ちょっと腹立ったりしてな」

 心臓の音が大きくなった。空間に密閉される感覚。閉じ込められていた子供の頃と、イメージが重なる。息苦しい。

「絶体絶命のときに、そんなこと考えていたんですか?」
 ゆかりの声だ。
「そうだね。で、しばらくして、あきらめたらしく出て行く足音がした。その後も戻ってこないか心配で、しばらくは息を潜めてた」

 落ち着け、落ち着けわたし。目立たぬように、深呼吸した。どうして、次から次へとロクでもない話題ばかり続くのよ。

「次第に、息が苦しくなってきた。そりゃそうだよな。ほぼ密閉状態なんだから。酸欠になったわけだ。身体の節々は痛いし、身じろぎもままならないし。ほんと、もう暗くて、狭くて、苦しくて……」

 隣の空気が、凝った気がして振り返った。でも、アドバイザーは、静かに聞き役に徹している。グラスを中途半端な位置に持っているのが、少しだけ変な気がした。

「それで、どうやって出れたんですかぁ」ゆかりが、話をたくみに引き出していく。
「当時は、リストホンなんか持ってなかった。携帯をズボンのポケットに入れていたんだ。そいつで管理人に電話して来てもらった。でも、この携帯を取り出すのもすげぇ苦労したのよ。何せ、狭いから手が思うように動かせなくて。だんだん焦ってくるし、焦るほどに息苦しくなってくるし。『出してくれ』って思わず叫びそうに……」

 トスンっと音がして、床にコップが転がった。こぼれたお酒が、みるみるジュータンに滲みこんでいく。褐色の大きな手が、コップを掴んだ形のままで、震えていた。
――酔ったの?
「おっ、環(たまき)君、飲みすぎたか。 気持ち悪いのか?」
 渡邊さんが、ベッドから身を乗り出す。アドバイザーは、石のように動かない。目の焦点が合ってないことに気がついた。切磋に、彼の鼻先に手をかざす。

――息、してない!
 ゆっくりと、上背のある身体が、傾(かし)いでいく。躊躇(ためら)っている余裕なんか無い。飛びつくようにして、わたしは彼を抱きとめた。

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