自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

  < BACK

1章 桜の下で君がみつめる 1-2-06

 朝、七時半。カフェテリアの入り口に集合。
 朝食は、選択肢が少ない。和食か洋食のモーニングセットのみだから、開いているレーンは一本。各自、入口で取ったトレーをレーンに乗せて、レーンを挟んだ奥にあるカウンターから、どちらかのモーニングを取って、トレーに乗せる。
 精算は、キャッシュレス。レーンのゴールにある無人レジで、首から下げたIDカードをレジセンサーにかざす。支払は、給与天引き。システムが精算処理を完了すると、バーが開いて通り抜けられる。そこからは、好きな席に座って食事だ。

 三方が窓ガラスのカフェテリアは、朝日をふんだんに取り込んで明るい。眩しくないよう、透過ブラインドで調整されているから、ブラインドごしの新緑も楽しめる。

 食事中、交わされる言葉は少ない。これは、研修生であるわたし達三人が、寝不足のせい。今ひとつ、元気が出ない。
 食事指導を請け負った手前、わたしはデカい生徒が残さず食べるか注視する。彼の箸使いはとてもきれいだ。食器の上げ下げも上品で、女性的な優雅さがある。
 専務の息子だと言っていた。多分、厳しく躾を受けている。なのに、なんで食生活はデタラメになる?
 彼をじっと見つめていると、正面のゆかりがクスクス笑う。テーブルの下で、ゆかりの足を軽く蹴る。
 ごちそうさま、と手を合わせる彼に、勤務時間中の間食を戒め、お昼もしっかり食べるようにと注意する。彼は、殊勝にも「はい」とうなずく。渡邊さんとゆかりが、顔を見合わせ、肩をすくめた。

 食後解散。須藤君は、いったんエレベーターで自席のあるフロアーへ、わたし達は二号館を出て、一号館の教室へ向かう。
 でも、二十分後に教室で再会すれば、立場は逆転。食事指導の生徒は研修のアドバイザーへ変わり、わたしは指導を受ける研修生になる。
 
 昼、業務中の須藤君とは別々。わたし達は、教室のある一号館のカフェテリアで食べる。
 グリーンと白を基調とした二号館のカジュアルなカフェテリアとは異なり、ブラウンを基調とした一号館は、シックで高級感を醸している。
 一号館には、総合受付があり、社外訪問客が多いから、カフェテリアも、外向けの装いになっている。メニューも、全体的に二号館よりやや高め。でも、街中のレストランよりは安く、同等かそれ以上の味と見た目。黒いサロンをかけたカフェテリアスタッフが、席まで食事を運んでくれる。下げ膳だけがセルフサービス。

「こんなの、不公平~」
「何が?」
 入社以来、ずっと研究センター暮らしのゆかりが、暢気に聞き返した。
「同じジャルスの社員なのに、営業所と大違い! 何、この特別待遇はっ」
「え? 営業所だってカフェテリア、あったでしょ」
「あったわよ。雑居ビル共同のがね。こんなおっシャレ~じゃないし、メニューだってダサかったし。それでもお値段、ココと変わんない。この事実を営業所にメールしたら、絶対暴動おきると思う」
 プリプリしていると、渡邊さんが笑った。

「希(のぞみ)ちゃん、初日からずいぶんとイメージ変わったねぇ」
 まるで、子供を微笑ましく見つめる保育士のような目で見ている。
「朝から晩まで一緒なんだもの。そうそう、ネコも被ってられませんっ」
 たしかに、日がたつにつれて、学生感覚になっている。
――同じ釜の飯を食った仲間
 ああ、こういうことかと納得する。
 渡邊さんも、釜飯仲間だ。

「お兄さんのこと、何かわかりました?」
 あれほど嫌っていた話題を、自然と彼に振っていた。渡邊さんは、ちょっと驚いたような顔になり、「ボチボチね」と笑って答えた。
 
 夜は七時。二号館のカフェテリア入口に集合だ。
 食事指導の生徒は、いきなりキャンセルの電話をしてきた。理由がふるっていた。
――忙しいから。
 なら、夜に勉強を教えてもらうのも無理だね、と聞くと、そちらは対応すると言う。じゃあ、勉強会のときに一緒に食べましょう、と攻め込むと、食べなくても大丈夫だとぬかす。ふざけるな、と怒鳴っていた。

「仕事優先なのはいいです。わたしにも、そういう時はあるし。でも、食事を抜くのは言語道断!」
 電話の向こうは、返す言葉がないらしい。ならば、と畳みかける。
「わかりました。後で部屋にお邪魔するとき、何か食べ物を持っていきます。絶対食べてね」
 反論の余地を与えず、電話を切った。
「すごい。希(のぞみ)ったら、世話女房みたい~」
「違うっ! 世話『指導員』ですっ」
 帰り際、カフェテリアに併設の売店で、須藤君用にお弁当を買った。
 
 九時、お風呂を済ませて須藤君の部屋に行く。予想通りの部屋だった。きれい、というより何もない、ガランとした部屋。まるで空き室。私物は備え付けデスクの上の電子パッドと筆記具のみ。多分、他はクローゼットの中。見事な整理整頓だ。生活臭がまるでない。
 あ、でも……。
 この香り、覚えがある。かすかに漂う柑橘系。彼の香りだ。
 褐色の肌をした人形顔が、恭(うやうや)しくお弁当を受け取る。
 すぐに渡邊さんとゆかりも現れ、真面目な勉強会が始まった。

 須藤君の説明は、わかりやすかった。
 前評判どおり。言葉が簡潔。何を聞いてもすらすら答える。
 カリキュラム、全部彼がレクチャーしてくれたらいいのに。
 お褒めに与かり、ありがとうございます、と言うアドバイザーは、いつもの表情なのだけれど、心なしか嬉しそうに見える。
 アドバイザーを中心に、同じクラスの仲間達。少しずつ……少しずつ噛み合ってきた。
 
 次の日から、夜は七時少し前に、広研(こうけん)に電話をすることにした。
「もしもし、永井ですけど。須藤さんいますか。食事の時間なので……」
『ちょっと待って。オーイ、永井さんから電話』
 須藤君の個人番号ではなく、あえて部署の内線にかけている。そして、取り次ぐ相手には、食事の誘いだとはっきり告げる。彼の周囲の人達にも、彼の食事時間を意識させたい。

 営業所でも見かけたケースだ。ハリキる新人が、寝食を忘れて働いてしまうときがある。先輩社員達は、激務の合間にも要領よく食事を摂り、休憩する。でも、新人は、それができない。雑務を次々と引き受けて、結局どこかでパンクする。
 須藤君は、新人ではない。でも、広研(こうけん)では一番の下っ端だ。溢れる雑務に埋もれて、食事を後回しにしている可能性がある。
 
「いい加減、彼を『須藤君』って呼ぶのやめたら? 広研(こうけん)の先輩達もみな、環(たまき)君って呼んでるでしょ」
 ゆかりの忠告が、痛かった。研修初日、彼は自分を名前で呼んでほしいと言った。でも、わたしはずっと名字で呼んでいる。
 名前呼びは、心の距離が近すぎる。

 満開の桜の下で、わたしを見ていた。
 闇深いけもの道で、掴まった手は大きかった。
 わたしは、警戒しているのかもしれない。
 整ってはいても、表情に乏しい褐色の顔。その中で輝いている、あの大きな瞳を。

< BACK | TOP | NEXT >


応援しています







Since 2015/06/05

↑ PAGE TOP


web拍手 by FC2

inserted by FC2 system