自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-07

 週末は、自宅に帰る。わたし達研修生にとって、所詮寮は仮住まいに過ぎない。でも、寮が暮らしの拠点である須藤君は、週末も寮に残る。
 ちゃんと食事するのよ~、と言い置いて、意気揚々と帰宅した。

 一週間ぶりの部屋は、このところの陽気のせいか熱気がこもっていたけれど、窓を開けて風を通し、洗濯機を一回まわし終わる頃には、すっかり快適な部屋に戻った。寮の部屋もよかったけれど、やっぱり自宅が一番落ち着く。いつもの休日――
 違う。克也がいない休日だ。
 珈琲を淹れた。
 ニュースとメールをチェックする。研修の疲れがゆるゆると、溶けていく。早いもので、すでに四月も半ば。もう、コートはいらない。
 
 金曜、土曜と二泊して、日曜の夜、また一週間分の着替えを持って、寮に戻った。夕食は途中で食べてきたから、あとは寝るだけ。
 ふと思い立ち、須藤君の部屋に電話した。まずは、休暇中の食生活チェックだ。
「食事ですか。特には摂りませんでした」
「はあ? お腹減らないの……って、減らないわけないか。今日一日、何食べてたの。朝起きたところから順に言ってみて」
「え……、いえ、まぁいろいろと」
 いつもは明晰なアドバイザーが、小声でモゴモゴ言っている。一応疾(やま)しいとは、わかっているんだ。

「いろいろと、またジャンクフードですか? わかりました。目を離したわたしがバカでした」
 いい年齢(とし)して、まったく。
 今からでもお弁当を買いに走って……と時計を見たけれど、もう十時だ。遅い。本人もおなかは減っていないと言うから、今晩はお目こぼしとするしかない。
「明日は、しっかりと栄養バランスを考えて食べてもらいますからね」
 念を押して、電話を切った。
 今度の週末は、絶対ちゃんと食べさせてみせる。

 施設にいたときを思い出した。入所してくる子は、皆、いろいろな事情を抱えている。当時のわたしみたいに、基本的な生活習慣が身についていない子も、多かった。
 最初はスタッフがつきっきりで世話をする。でも少しすると、その役目は年長の子にまわる。きょうだいで入所してくる子は、上の子が下の子の世話をした。一人っ子のわたしには、彼らの姿が羨ましかった。
 最近、食事中の須藤君を見ていると、手のかかる「弟」を世話しているような気持ちになる。
 
 月曜日、また四人での食事を再開した。
 朝、悪びれずに現れた須藤君に、今日はそっちの二号館まで行くから、昼食も一緒に食べよう、と提案した。渡邊さんもゆかりも、つき合うと言う。この二人はニヤニヤしているから、須藤君のためというより、野次馬気分のノリらしい。
 
 昼食は混む。カフェテリアの三本のレーンすべてが開いて、どれも長蛇の列になる。街から隔絶された研究センターで、食べられるところは限られるから仕方がない。
 レーンは「和食」、「洋食」、「定食と麺類」。小鉢のバリエーションが一番多い、和食レーンに誘導する。須藤君は、レーンの最初にある前菜だけを三皿とって、レジに向かおうとした。

「待った!」
 シャツの背中を掴んで止める。
「前菜だけ? 肉か魚も取らなくちゃ」
 きょとんとしている褐色の顔を尻目に、わたしは魚のフライのお皿を乗せてあげた。
「いい若者が、ご飯、大盛りにしなくていいわけ?」
 次は大盛りのご飯。野菜の煮物も追加する。
「あのね、色で考えるといいの。赤は肉類、青は野菜類。ひととおり摂るのよ」
 あっと言う間に、偏食小僧のトレーはいっぱいになった。後に並ぶ渡邊さんが、驚いている。

「凄いな。嫁さん……というより、口やかましいお袋みたいだ」
「お褒め頂き、ありがとうございます。渡邊さんも野菜、足りてませんよ。何なら選んでさしあげましょうか」
「希(のぞみ)、それ、前の彼氏にもやってたわけ?」
「そうね。自宅で料理するときは、メニューはちゃんと考えたわよ」
「え? 前の彼氏って……、希(のぞみ)ちゃん、今、彼氏いるんじゃなかったっけ」
「あっ……」
 ゆかりにつられて、つい応えてしまった。
「希(のぞみ)、ごめーん」
「いいよ、もう」
――バレてもいいか。このメンバーなら。

「本当は、異動の直前に別れたんです。だから今はフリー。でも、歓迎会の時は、いろいろと聞かれるの面倒だったから、彼氏がいることにしたんです」
「そっか。別れたばかりだったんだ。すまないな、悪いこと聞いちゃって」
「あ、気にしないでください。気を遣われるとかえってイヤなので」
「希(のぞみ)のことなんか、もう、気にしてないわよ。充実してそうだし」
「何、その意味深な笑いは」
「別にぃ~」
「あ、なるほどね。環(たまき)君、よかったな。希(のぞみ)ちゃん、フリーだって」
「それは、僕にとっていいことなんですか?」
「何、その失礼な質問はっ!」
「そうねぇ。環(たまき)君が、猫かぶりだけど本当はガサツで強引な女性をイヤじゃなければ」
「ゆかりっ! 友達だと思って我慢して聞いていれば~」
 わたしが手を振りあげると、ゆかりはよけながら「ほら。前が空いてる」と急かす。慌てて、事態を今ひとつ理解していない天然な須藤君をレジの方へ追い立てながら、わたしも向かった。

 混んでるなかで、何とか四人分の席を確保。須藤君は黙々と食べ、あっさりと完食した。淀みなく動いていた箸が、トレーに置かれる。合掌ポーズで優雅にごちそうさまと言う姿は、見ていてなかなか気持ちがいい。

――「弟」だ。
 ゆかりは、囃したてるけれど。彼に感じる気持ちは、恋愛感情なんかじゃない。
 キレイで賢い。行儀はいいし、結構優しい。それでいて、どこか天然。
 こんな弟、欲しかった。

「希(のぞみ)ったら、まただ」
 ちらちらと「弟」を横目で見ていたら、ゆかりの鋭い指摘が入った。
「な~んか、手がかかる弟みたいなんだもの」
「ふぅーん、弟でいいんだ」
 ゆかりが、あんまり納得していない声をあげた。
「いつの間に、僕は永井さんの弟になったんですか?」
「あなたの偏食がバレた時からよ。悔しかったら、食生活、立て直しなさいっ」
 はい、と素直に答えた彼は、「弟」ポジションを受け入れたらしい。
「俺から見ると、環(たまき)君と希(のぞみ)ちゃん、いいコンビだよ。ボケと突っ込みのね」
 食後の珈琲を手に、渡邊さんが笑った。
 
 すべては順調にまわっていた。アドバイザーの補講が始まってから、カリキュラムの消化もまぁ順調だし。
 一週間が、飛ぶように過ぎていく。気がつけば、三回目の週末も、あっという間にせまっていた。

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