自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-2-21

「わたしこそ、ごめん」
 いちいち、ゆかりの言葉に反発していた。でも、彼女とは長い。いい加減な女じゃないことは、知っている。
「……白状します」
 わたしの言葉に、ゆかりが、おや、と眉をあげた。
「仰るとおり、結構意識しています」
 あの、不器用に微笑む男に。
「でも、コイビトになろうとかいうんじゃないの。彼から見たら、わたしは『姉』なんだから」
「『姉』? どうして、そうなっちゃうのよ」
「だって……」

 憤慨するゆかりに、小声で答える。
「『弟』だって言っちゃったんだもの。向こうも完全にそのつもりって態度だし」
 だからこそ「半分こ」なんていう、しょーもないことにもつきあってくれる。
 まるで観察でもするように、ゆかりがじろじろわたしを見る。睨み返すと、彼女は口元を押さえて、ププっと笑った。

「希(のぞみ)、こーいう分野って、結構ニブかったりする?」
「……鋭いとまでは言わないけど、ニブくはないと思う」
 男女交際だって、ひととおりは経験済みだし。
「カワイイっ」
「なっ、何をするっ!」
 いきなり、ゆかりに抱きしめられた。すぐに離れたゆかりは、あのね、と笑う。

「能面の貴公子は、最近よく微笑むようになりました」
「え?」
「ツンツンと、デキる女を気取っていた奴も、女子高生みたいにコロコロ笑ってはしゃいでいます」
「ちょっと! 何、それ」
 失礼な口をきく奴は、捕まえようとしたわたしの手からひらりと逃げて、また笑う。
「二人一緒にいる時、すごーく自然に見えるんだけどな」
 微笑ましいものを見るように、ゆかりは目をうっすら細めた。

「多分、環(たまき)君にとっても、希(のぞみ)はトクベツなんだと思うよ。自信持ちなさいよ。パーティのとき、彼にむらがる女の子達を、あんなに堂々と駆逐したくせに」
 うっ、と詰まった。
「前の彼氏に未練がある?」
「それは、ない」
 蕎麦屋で別れたときは、淋しかった。でも、未練はなかった。
 目の前に――褐色の手があった。

「なら、いいじゃない。まずはトクベツを育んでいけば?」
「……うん」
「もう弟扱いだけはやめとこうね。案外、彼も不本意かもよ?」
 不本意……なんだろうか?
 克也は、環(たまき)がオスの目でわたしを見ていると言った。でも、そんな気配、感じないし。

「ところで、相談なんだけど」
 ゆかりは周囲を見回してから小声になった。近くには、わたし達以外、誰もいない。
「わたし、このところ朝はずっと食欲出なくって」
「みたいね」
 ゆかりの朝食出席率は低下している。理由はいつも、体調不良か食欲不振。だから、今朝は出てくれてホッとしていた。わたしの欠席連絡頼めたし。

「あのね」
 ゆかりの声が、少しだけ上ずった。
「と、当分、こんな調子が続くと思うの。だから、朝食会は抜けていいかな」
「どっか悪いの?」
 最近の彼女は、朝食に来ないだけじゃなく、何となくいつもダルそうにしている。
「ううん。そーじゃないんだけど」
 彼女の目が、一瞬逃げた。

「……お昼は、これまでどおり一緒にするから。でも、朝晩は各自にしない? 渡邊さんも来ないことが増えてきたし」
「わかった」
 心もとないような感覚がよぎる。
「そんな顔しないで。もう、わたし達がいなくても大丈夫でしょ? 環(たまき)君と二人で食べといで」
 彼女の含み笑いで、意図に気づいた。
「ちょっと! そーいうこと? 何よ、心配しちゃったじゃない」
 しょげて、損した。

「希(のぞみ)」
 ゆかりが肩を抱いてきた。
「わたし、いつでもあなたの応援団だから」
「う……うん」
「進展があったらおしえてね」
 な……っ!
「結局、野次馬じゃないっ!」
 ゆかりの手を振り払う。
「まぁ、まぁ。味方は作っておくものよ」
 笑い合い、互いに小突き合いながら、教室に戻った。
 
「希(のぞみ)ちゃん、ちょっといいかな」
 渡邊さんに声をかけられたのは夕方、寮へ戻ろうとしたときだった。引きとめられて、ロビーの一角にいくつか並ぶ、待合用の応接テーブルの椅子に座った。
 少し離れたところに、総合受付のカウンターが見える。終業時間を過ぎたとはいえ、まだ受付に来る人はいる。受付ロボット・サラが、いつものように応対している。

「いやぁ、ちょっと頼みがあってさ」
 座るなり、渡邊さんはおねだりをする子供のような笑顔を見せた。
「わたしにできることなら」
 そりゃあ助かる、と渡邊さんは言い、まずはどこから話すかな、と腕を組んだ。

「昨日の打ち上げパーティさ。あれ、意外と期待ハズレだったんだわ」
「え?」
 アイドッグは、コンパニオンドールの製品化第一弾だ。でも、プロジェクトはかなり前から始まっていて、初期の頃には、堤さんも参加していた。なら昨日は、生前の堤さんの様子について語れる人も、来ていたはずだ――でも、それが期待ハズレ?

「既に会った人間ばかりで、新しい出会いがなかったっていうのもある」
「既にって……参加者、百人以上いましたよ」
「いや。ほとんどは、社内公募で参加したテスターとかプロジェクトが世話になっている関係部署の人間だった。実際のプロジェクトメンバーは、そんなに来てない。それに、環(たまき)君みたいな若手が多かったんだ。兄貴が亡くなったのが五年前だから、少なくとも社歴が六年以上ある人間でないと意味がない」
 苦々しく顔をしかめる渡邊さんに「残念でしたね」と相槌をうつ。渡邊さんは、腕を解いた。

「入社してからこれまで、兄貴を知っている人間、十人近くに会った。中には入社前にも会い、俺の入社後、再度会ってもらった人間もいる」
 まだ一か月とたってないのに。もうそんなに……
「仕事の話は社外秘とはいっても、今やこっちもジャルスの社員だ。もう少し話が聞けると思った。でも、どいつもこいつも……判で押したように、同じことしか喋らなかった」
 渡邊さんの手が、拳になった。関節の骨が、白く浮かぶ。

「皆、兄貴と同じプロジェクトにいたことは認める。でも、兄貴が当時何を担当していたか、どんな働きぶりだったか、親しくしていた人間は誰だったのか……覚えてないって言うんだよ」
「皆、覚えてない?」
 それは変かも。

「兄貴に、よっぽど存在感がなかったのかとも思ったけど、社歴からいけば、それなりに責任のあるポジションにいたはずなんだ。なのに皆、覚えてない。聞いていると、まるで兄貴は透明人間だ」
 渡邊さんの目が、獲物を狙う猛禽のように、見えない何かをしかと捉えた。
「多分あいつら、口裏を合わせている。遺族に言えない何かがあるんだ」

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