自作小説(一次創作) | 読書感想 | 雑記

コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-1-10

 ゆかりは……と見ると、彼女はまだ隣のテーブルで、数人に囲まれている。こいつも結構お調子ものだ。 婚約者がいるくせに。今度デートに誘っていいですか、なんて言われてキャアキャアと喜んでいる。わたしがチラリと睨んでやると、気づいたらしい。キッと睨み返してきた。でも、口元がニヤケているし。
――まぁ、好きなだけモテときなさい。今のウチだよ。

 さて、どこのテーブルへ行こうか、とまわりを見た。テーブルとテーブルの間が結構広い。あちこちに大きな観葉植物が置かれているから、見通しがいいとは言えない席もある。そういう席って、飲み物は足りているのかしら。
――持って行ってあげよう。
 ビール瓶を片手に、奥のテーブルへ向かった。

 一番奥の席は、ちょうど鉢植えの影にあたり、離れ小島のようになっている。四十代くらいのベテランと少し若い三十代、男二人だけで飲んでいた。
「永井です。よろしくお願いしま~す」
 三十近いオンナとしては、チョッと可愛い子ぶりかなと思いつつ、首をかしげてビール瓶の口を向けた。
「あぁ。あんた、誰だっけ。え~と……」
 年配のほう、何だかロレツが少し怪しい。
「永井希(のぞみ)です」
「あー、そうだ、そうだ。希(のぞみ)ちゃんだ。ほら、確か営業部の秘書さんですよ。可愛いねぇ。ピッチピチして」
 年下のほうが、「営業部の秘書」という単語を妙に強調しながら年配のほうに説明する。
 二人はわたしからのお酌を受けると、わたしをソファの真ん中に座らせて、両脇にピタリとつけて座りなおした。満員電車の座席のように、ギュウギュウと身体を押しつけてくる。暑苦しい。
 酒臭い息が、顔にかかった。年配氏は、身体がゆらゆら揺れている。年下氏は、真っ赤な顔でニヤニヤしている。この二人、もうだいぶ飲んじゃっている。
 テーブルは六人席なのに、お皿も六人分あるのに、この二人しか座っていない。理由がわかるような気がした。さっさと離れた方がいいかもしれない。

 年下氏が、わたしからビール瓶を取り上げて、注(つ)ぎ返してきた。
「そ~いえばさぁ、希(のぞみ)ちゃんの研修のアドバイザーって、環(たまき)だっけ?」
「はい」
 顔を寄せてきた彼の吐く息に、思わず顔を顰めそうになる。そりゃ、かわいそーに、と年配氏が呟きながら、背もたれに頭を乗せた。
「え、どうしてですか?」
「口先ばかりのさぁ~、屁理屈野郎なんだよ、あいつは」吐き捨てるように、年配氏が答えた。
「テクニカルレビューの時とか、すっげぇウルサイんだ。どーでもいいこと細かくネチネチと……。何サマなんだよ」年下氏も、便乗して悪しざまに言う。「希(のぞみ)ちゃんも、思うだろぉ? ヤなヤツだってさぁ」
「い……いえ」

 どうしよう。とんでもない大虎の席についちゃった。席を立ちたい。でも、両側から挟み撃ちにあっているから、逃げられない。
 ふと、違和感に肩を見た。いつのまにか、年配氏が馴れ馴れしくわたしの肩を抱いている。
――ちょっ、何よ? この手。
 さりげない風を装って、手を払う。いったん離れた手は、今度はもっとあからさまに肩を抱いてきた。
「あ……あの。わたし、そろそろ他のテーブルにも行かないと……」声が上ずる。
「まぁ、いいじゃないの。もうちょっと、いなよぉ」
 年下氏が、当然だとでもいうように、腰に手をまわしてきた。
「あっ。お前何してんだよ」
 肩を組んでいた年配氏が睨みつけると、意外にも年下氏は素直に手を離した。今だ、とばかりに膝に力を入れて腰を浮かせる。けど――

 年配氏は、いきなりわたしの上腕を取り、力いっぱい引きよせてきた。バランスを崩し、彼の胸の上に倒れこむ。
「おやおや、希(のぞみ)ちゃ~ん、ダイジョーブぅ?」
 饐(す)えたアルコールの臭いとともに、おためごかしのせりふが降ってくる。掴まれている腕が痛い。すごい力だ。
「離してください。飲みすぎですよ」顔をあげ、極力怒りを抑えて抗議する。
「飲みすぎてんのは希(のぞみ)ちゃんのほうだろ。こんなことして、大胆だなぁ」
――こっのヤロ……!

 次の瞬間、ゾクリとして全身がこわばった。太腿を、何かが這っている。怖々と見る。ぎょっとした。
 倒れこんだせいでスカートがズリあがり、太腿が剥き出しになっていた。それを筋ばった男の手が撫でている。年配氏にたしなめられて、いったん腰から手をひいた年下氏の手だ。
 指先が、太腿の内側に回り込んできた。冗談じゃない。これ……完全にセクハラだ。わたし、キャバクラのホステス扱いされている。

 肩を抱いている年配氏が、ふうっと熱い息を耳の中に吹きこんできた。一気に背筋が凍りつく。
「希(のぞみ)ちゃん、か・わ・い・い……」
 獲物を捕えた二匹の虎が、舌舐めずりしている。
「や……やめてください」声がかすれる。
「やっぱいい女だよなぁ。食べちゃいたい」
――あ、あんた達なんかに、食べられてたまるか。
 ベタベタとわたしを触っていた手が離れ、グラスを取った。

――今度こそっ!
 身体をおこした。でも、立てなかった……。ごつい手が、すかさずに両側から、わたしの肩と腕を押さえつけた。
――酔っ払いのくせに。こーいう時は俊敏なのかっ!
「逃げるんじゃないよ」
 デレデレとだらしなかった声が一転して、凄(すご)む声に変わった。
「そうだよ。せっかく可愛いがってやろうって言ってんだから」
「や……、やめて」
 愕然とした。叫んだはずのわたしの声は、まともな声にならなかった。膝がしらが、震えている。
――イヤっ。助けて……。
 悲鳴が喉につっかえて、グルグルともがいている。
 傍若無人な虎の手が、身体中を撫でまわす。完全に、嬲られている。
――怖い……ヤダっ。 誰かっ……。
 助けを求めて周囲を見回す。でも離れ小島みたいな席だから、誰もこちらの様子なんか見ちゃいない。足をバタバタさせた。
「暴れる女は、お仕置きしないとねぇ~」

――ゆかりは? 渡邊さんは? ねぇっ! 誰か気づいて。
 肩をガッチリと押さえられていて、抵抗出来ない。
――誰かっ!

 ビシャリと……。
 頭上から、いきなり水と氷が降ってきた。

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