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コンパニオンドール

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1章 桜の下で君がみつめる 1-1-01

 見つめるあなたの瞳が好き。

 指絡ませて、微笑みあって

 吐息を聞いて

 あなたを感じる。
 
◇◇◇
 
 朝からずっと、胸が高鳴り落ち着かない。リビングのカレンダーをめくった。とうとう四月。今日は待ちに待った、異動の日。
 どれほどの思いで、わたしはこの日を待っただろう。わたしの勤務する会社、通称、ジャルス。ジャパン・ロボットサービス株式会社は、世界有数のロボットメーカーだ。
 ロボット開発の最先端が、ここにある。そして、この研究センターが、今日からわたしの職場になる。

 掃きだしの大きな窓を開け放つ。ベランダから吹き込む風に、なまめく土の香りが混ざる。トースターが、チンっと鳴ってわたしを呼んだ。
 早めの昼食をとり、洗い物をかたづけて戸締りをした。集合時間は午後二時だから、まだちょっと早い。でも、心がザワめいて落ち着かなくて。いてもたってもいられない。

 三ヶ月の合宿で、どれくらいの荷物がいるのか、わからない。ジャルスの研究センターは、うちから小一時間ほどの場所だから、足りないものがあれば週末に取りに帰ればいい。そうは思っても、やはり荷物は多くなる。
 海外旅行用の大きなトランクに、まず一週間分の着替えを詰める。次いで書籍と文具、電子機器。洗面用具に化粧品。これだけで、トランクはもうパンパンになった。

 ため息が出た。結局、トランクと大きなショルダーバッグ、それに小さなハンドバッグ、三つもの大荷物になってしまった。
 百五十五センチ程度の小さなわたしが、これだけの大荷物をひきずれば、きっと荷物のお化けに見える。夜ならば、夜逃げに見えるかもれない。

 玄関に鍵をかけ、駅に向かう。
 駅までは、徒歩十分。出だしからゲンナリとする大荷物。でも、今日は夢の一歩を記す日だからと、自分に檄(げき)をとばして移動した。
 
 憧れの研究センターは、M市にある。丘陵地に拓かれたベッドタウンだ。
 電車の窓越しに流れる景色は、次第にビルの数が減り、田畑や林が目立ち始める。見覚えのある景色に変わった。
 車内アナウンスが流れ、電車はM市駅のプラットホームに滑りこんだ。背筋がざわつく。振れだしそうな感情を抑え込み、ホームに下りた。

 M市……。よりによって、何という因縁だろう。
 ジャルスが進出したこの街は、わたしの故郷。かつて、わたしが死にかけた場所。呪わしい、実家のある街。ジャルスの研究センターが、M市に移転したのは、わたしが入社した後だった。
 研究センターは、駅をはさんで実家の反対側にある。南口には忌々しい過去、北口には眩しい未来。
 過去がある街だからイヤだ、などと言って夢を捨てるつもりはない。割り切っている。
 過去は過去だ。過去でしかない。
 
 結構な人数の乗降客とともに、改札口を抜けて北口に出る。田舎町には似合わない、洒落たロータリーが出来ていた。
 ロータリーの車道が描く円周に沿って、緩やかな曲線を描く歩行者通路は、銀色の支柱に支えられたガラスの屋根に覆われている。ガラス越しに、日差しがふんだんに降り注いで明るい。
 チェスの駒のように整列する円柱はバス停。嵌めこまれている大型モニターが、運行状況を刻々と表示している。
 ロータリーの円周の中心には花壇があり、抽象的な駅前オブジェが屹立している。その足元には大きなプレートが嵌めこまれていて、スポンサー企業の名前が並ぶ。一番トップに書かれているのが、ジャルスだった。

 ロータリーに面したささやかな商店街が、幟(のぼり)を数本たてていた。背の低い駅ビルの他は、そのほとんどが古くからあるような個人商店だ。スマートなロータリーと昔ながらの商店街。ジャルスを誘致したことで変わったこの街を、象徴しているかのように見えた。

 ジャルス研究センター行きのバス停に並ぶと、シャトルバスは、さほど待たずにやってきた。無人運行バス。ヒトの運転手を必要とせず、高度なセンサー技術と制御技術で走るこのバスの、中核技術はジャルスのものだ。
 発車したバスは、駅前の商店街を抜け、橋を渡るとゆっくりと、高度をあげて坂道を進んだ。

 そこかしこに、桜の木が白く浮き上がっている。
 ふだんの季節は目立たないのに。
 この季節だけは、ここにあるよと桜が大きく主張している。
 桜には……ザワザワと、心をかき乱す何かがある。
 新天地に赴(おもむ)く期待と、触れたくない、過去の周辺に来ている不安。

 坂道を登りきると目の前に、盆地状の敷地がひらけた。白い大きなドームがひとつと、それを取り囲む低層の建物が五つ見えている。
 間違いない、ジャルス研究センターだ。何度も夢に見ていた景色。今、リアルに眼前にひろがっている。顔を、車窓に寄せた。ヒンヤリと窓ガラスが額に冷たい。緩(ゆる)やかに、バスは道を下りはじめた。

 ジャルス研究センターの敷地はあきれるほど広大だけれど、その面積のほとんどは、ジャルスが整備して一般開放した自然公園で「敷地内公園」と呼ばれている。自然の地形を多く残した公園は、遊歩道や東屋(あずまや)があり、近隣に住む人々の憩いの場所になっている。
 さらに遠くへ視線をやれば、その末端は森につながる。広大な自然に抱かれる「知」と「創造」の牙城。足元から、武者震いがのぼってきた。
 
 バスが正門前の停留所についた。
 何の香りだろう。バスを降りた時、鼻先を甘い風がかすめていった。
 深呼吸をひとつして、わたしは敷地に一歩を記す。門を抜け、まっすぐに、正面建物の入り口をくぐった。

 三階まで吹き抜けのロビーは、ミラーグラスで明るく体育館なみに広い。黒い人工大理石でしつらえられた、受付カウンターには企業のイメージカラー、明るいグリーンのスーツに身を固めた女性がふたり、来客の応対をしている。トランクをひきずりながら、そちらへ向かった。

 近づいて、ようやく気づいてギョッとした。片方の女性は、皮膚が異様にのっぺりとして、まるで白磁器のように見える。
――この人、ロボットだ。
 リアルヒューマノイド。人にそっくりなロボットを、ジャルスでは特にそう呼んでいる。聞くともなく、彼女と来客の会話に耳を傾けた。不自然さは微塵(みじん)もない。会話も、しぐさも。肌の質感だけが人工だ。
――すごい
 ほとんどの訪問者は、当たり前のように受付をしてもらっているけれど、中にはわたしと同じように、目を見張っている人もいる。
 自社製品として知ってはいたけれど、実物は初めて見る。営業所には、こんな最新のヒューマノイドはいなかったから。間近に見る実物は、圧倒的な存在感がある。

 彼女の胸の名札に、「サラ」とある。彼女の名前はサラなのだ。白い顔が微笑みながら来客の名前と訪問先を復唱し、カウンターの下からゲスト用のIDカードを取り出す。お客様が受け取ると、サラはエレベーターホールを手のひらで指し示してから、丁寧に頭を下げる。
 見ているうちに、いよいよロボット開発の総本山に来たのだと、実感した。サラの動きから、目が離せない。

 いつのまにか、わたしの番になっていた。
「社員の永井希(のぞみ)です。異動で、今日から広瀬研究室に着任しました」
 サラは、やわらかく微笑むと、ヘッドフォンのマイクを口元に寄せ、わたしの来訪を先方に告げた。
 彼女が、こちらに向きなおった。
「108会議室へお越しください」
 わたしの顔を見つめながら、手際よく行き方を説明する。彼女の白い手が、ゲスト用のIDカードを渡してくれた。

 受付カウンターの横方向へ少し歩くと、ガラスの自動ドアがある。脇にセンサーパネルもあって、IDカードをあてると扉がシュッと開いた。
 奥には、濃いグレーのタイルジュータンを敷き詰めた通路が続いている。天井が高い。

――コンニチワ、ノゾミチャン

 不意に去来したのは、遠くて懐かしい声だった。
――来たわよ。
 応えて胸元で拳を握る。万感の思いが、唇を噛ませた。

 ずっとずっと夢に見ていた。
 ロボットの生まれる世界。
 いよいよわたしは、この世界の住人になる。

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